46歳。
現在の自分でさえ、自分の年齢にびびります。
現在の自分でさえ、46歳の自分で描くイメージに、自分が全くなっていないことに失望感に近い感情を持ちます。
46歳。
どういうわけか、46歳という言葉をイメージした時、「女」ではなく「男」をイメージしてしまいます。
ある程度の役職に就き、仕事が出来る、家族の仲も良く、良い夫であり良い父親でもある、にこやかに笑っている「男」。
「女」をイメージすると、ただのおばさんのイメージ。服も髪も中より下で、仕事でも家事でも仕方なくしているイメージ。
46歳。
今の私は、イメージしていた46歳より精神年齢はだいぶ子供。
だけど、見た目はすっごくおばさん。
しかも、眉間にしわを寄せて怖い顔をして、不満そうな顔をいつもして、笑うと口元がひきつって見える、
そんなおばさん。
化粧をすることもなくなり、
服装は”気に入ったから”着ているわけではなく、ただ綺麗目に見える服を着ている。
髪も伸ばしっぱなし、眉も整えることない。
気を抜けば毎日顔を洗うこともせず、毎日お風呂に入ることもない。
腋毛や足毛・指毛・髭の処理も時々するだけ。
洗顔後につける化粧水も何百円台のプチプラ、洗顔もほぼ100円の石鹸。
運動は以前していたような散歩もすることがなくなり、高齢の母親とする短い距離でゆっくり歩く自然鑑賞のような散歩のみ。
食事は気をつけてはいるものの、意志が弱くすぐ白米をたくさん食べたりよく噛まずに早く食べてしまっている。
そして、極めつけは、今の自分の状況を、母親のせいにしている根性。
まさか、こんな46歳を生きているとは思わなかったです。
こんなに、若いころの自分がなりたくない自分を生きているとは思わなかったです。
普通に誰かを好きになって、心から愛して、普通に結婚して。
普通の子供を産んで、普通に育てる。
普通に実家の親を大切にして、正月や夏休みに実家に帰省して、楽しく過ごして・・・。
普通に父と母を見送って、他の家族を見送って。
自分の死を自分の夫や娘や息子に見送ってもらって。
この世を離れることに、夫や娘や息子と離れてしまうことに寂しさを普通に感じながら死んでいく。
それでも、良い人生だった。と関わってくれた人たちと神様に感謝して。
そんな、私が考える普通の人生を生きると思っていた。
それなりに悩みや不安があっても、それは、誰もが経験するそれなりの悩みや不安で。
時が過ぎれば、まぁ、仕方ないよね、と納得できるような。
まさか、こんな46歳を生きているとは思わなかったです。
こんなに、若いころの自分がなりたくない自分を生きているとは思わなかったです。
2025年8月17日現在、お盆を昨日終えたばかりの私には心に決めたことがあります。
まぁ、心に決めたことを、幾度となく自分自身で破ってきた私に、今回守れるかは分かりませんが。
それでも、今現在、心に強く決めたことがあります。
亡くなった父に、誓いたいことがあります。
今、生きている私から亡くなった父へ誓いたいことがあります。
それは、
「自分を絶対に幸せにする」
という誓いです。
そう決めたことです。
ここ1年ほど、私は自分が嫌いで嫌いで、自分を殺したいと思うことが幾度となくありました。
そしてその原因を、全て母親のせいにしていました。
母親にそう言ってしまったこともあります。
冷静に考えれば、40を過ぎた、世間では親になっている年代の人間が、
自分が幸せでないのは、自分を殺したくなるほど苦労をさせられていると思うのは
自分のせいではなく母親のせいだと
汚い言葉で、言葉遣いで、荒い声で、母親に言い放つのはみっともないことだと分かります。
そんなことを、していました。
もちろん、普通に笑いあう日々の方が多いですが、喧嘩をするといつも自分を殺したくなっていました。
母親の、自分一人では何も決められない、行動できない、人に頼ることしかできない、弱さをアピールする、
強くあろうとしない、大丈夫という言葉を毎日催促してくるような言葉・表情・行動に、
毎日必ず1回はイライラを抑えていました。
本当に母親なんだろうか?
私は前世で母親の母親で、よっぽどひどいことをしたから、だから現世で同じような苦しみを与えられているのだろか?
学びなさい学びなさい!と神様に試練を与えられたのだろうか?
自分で学びたいからこういうシナリオを考えて生まれたのだろうか?
そんなことさえ考えていました。
そんなことを考えなければやっていられないほどに、母親との関係に悩んでいました。
正直、今でも悩んでいます。
この世で今、1番大切な人で、愛している人であることは間違いないです。本当です、心から。
それでも悩むほどに、私と母親との本質の部分が合わないのです。
合わないのは仕方ない、合わすことはなくても上手くやれるはずだと色々試して試して我慢して。
いっそ母親がどうなってもいいと思えるほど母親を嫌いになれる方が楽なのにと思ったことも何度もあります。
それでも、・・・・・・・・思えないんですよね。
やっぱり、どんなに本質として合わなくても、合わないとこの2年間で嫌というほど分かっても、
この世で1番大切で、大切にしたくて、愛している人間なんですよね。
不思議ですよね、親子って。
これが血のせいなんでしょうか?
それとも、無意識に自分の何もできない状態の時に育ててくれたことに対する本能的な恩なのでしょうか?
今まで何度も心に誓ってきたことは、
「母親を幸せにする。家族を幸せにする」ということでした。
しかし、何度も何度も裏切られた言葉や行動をされることが蓄積してくると、我慢ができなくなり、
何度も何度も喧嘩を繰り返してきました。
その度に同じことをお互いに言い合ってきました。
同じことだから言い合う必要もないのに、言わずにいられないほど頭に血が上り身体が震えていました。
母親のいない場所に行って壁を殴りつけたり自分の腕を殴ったりすることさえありました。
母親の言葉や行動が、とても家族に対してのものに思えない思いやりのなさを感じて、傷ついてもいました。
それが、心から許すこともできませんでした。
どうして、自分のことだけしか考えられないんだ、と思っていました。
人生をやり直したくて仕方ありませんでした。
せめて、2年前に戻って、父が亡くなった後からでもいいから、人生をやり直したいと。
母親に対して優しい娘になりたいと。
以前のように母親がただ大好きだった頃の自分に戻りたいと。
母親に優しい言葉と笑わせてあげるユーモアだけを届けてあげられる、そんな心優しい思いやり溢れる娘になりたいと。
そんな優しい娘になれない自分を、傷つけてしまう自分を殺したいと思っていました。
2025年8月。
お盆を迎えました。
一人で買い物に向かう車中で、亡くなった父と祖父と祖母と叔父に話しかけていました。
「お父さんの大好きなお母さんを傷つけてばかりでごめんね。」
「おじいちゃんとおばあちゃんと〇〇の大切なお母さんを傷つけてごめんね。すみません。」
と。
「お父さんの大好きなお母さんを、幸せにできる娘になるからね」
「おじいちゃんとおばあちゃんと〇〇の大切なお母さんを幸せにします」
と。
今までしてきた誓いを話しかけていました。
でも、その後、いつもしていた誓いではない言葉を言っていました。
「お父さんの大好きな、大切な〇〇←(私の名前)を大切にしてなくてごめんね」
と。
不思議です。
そう言葉が出た時だけ、涙が出ました。
それは、自分自身で自分をかわいそうだと思って流れた涙かもしれない、本当は。
でも、その時の自分が思ったことは違います。
”お父さんが近くにきてくれていて、お父さんが泣いたのかもしれない。
「やっと気づいてきれたの?〇〇のこと大切なんだよ、大好きなんだよ、心配なんだよ。
自分を犠牲にしないで、〇〇が幸せになってね。”と思って泣いてくれたのかなっと。。
他の言葉をその後言っても、涙は出ませんでした。
他の人からしたら何てことない体験。くだらない話だと思うような。
ただの気のせいだろと。
それでも、何かぐっと感じました。
だから、46歳。お盆過ぎに誓うこと。
【私は、自分を幸せに絶対にするね。自分が幸せだと思うことするね。自分を犠牲にしないね。自分を犠牲に感じるようなことしないようにするね】
それはきっと、母を幸せにすることにも繋がる考え方だと思う。
順番を逆にする。
母を幸せにするじゃない、自分を幸せにする。
幸せな自分は母を幸せにできる。優しい娘になれる。優しい人間になれる。
優しい人間になれたら、お父さん。おじいちゃん。おばあちゃん。〇〇
私が亡くなる時に、私を迎えに来てくれますか?
「頑張ったね」とあの大好きな笑顔で言ってくれますか?
あのあったかい手で、私の手を握ってくれますか?
そんな日を、いつか来ると希望を抱きながら。
ちゃんと、一日一日を、大切に生きていきます。