ありがとうの奇跡

父親が余命宣告をされてもなお優しい人間になれなかった娘の話

父親が余命宣告をされたことを知った日。

その日に心の底から思ったことがあります。

【父親のしたいこと、私にできる事なら、何でもしよう】

そう、心の底から思ったことです。

確かに、私自身が、強く、強く、心の底から思ったことです。

これまでの自分の人生の生き方への後悔とともに、強く、思ったことです。

当初は、以下の文にあるような心持でいようと、心に決めておりました。

 私たちが出来ることは、じつはものすごく単純なんですね。いま目の前にあることを大事にする・・・・・・、これしかないのです。私たちは無限の未来があるなんていいますが、無限の未来はないんです。未来というのは永久に目の前に来ません。目の前に来るのは「今」だけ。今、今、今なんです。そこにしか解決策はないんです。過去に解決策はない、未来にも解決策はない。解決できるのは「今」を通してだけなんです。

ー宇宙方程式の研究(小林正観、山平松生)より引用

 

 

 ですから出来ることは、いま目の前にある人、いま目の前にあることを大事にするということに尽きるんです。

ー宇宙方程式の研究(小林正観、山平松生)より引用

 

 少し前まで私も、今日寝て起きたら明日だと思っていたのです。ところが違うんですね。

 「今日寝て起きたら今日だ」と神さまから教わりました。ショックでした。どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったのか。今日寝て起きたら今日なんです。私たちの前には今日しかありません。ものすごく簡単なことですね。

ー宇宙方程式の研究(小林正観、山平松生)より引用

それでも、それなのに、私は、その日から父が亡くなる日まで、その強く思った気持ちを

一定に保ち続ける事はできませんでした。

時にイラつき、時に面倒くさいと思い、時に怒りを感じ、、、、、。

常時大切にしたい、大切にしようという心と行動を持ち続ける事ができませんでした。

したいことを全部してあげたい、そう思っていたのに。

イラついてしまった時、面倒くさいと思ってしまった時、怒りを感じてしまった時、

そのすぐ後に、何とも言えない気持ちになっていました。

あえて言葉にするなら、強くいけない言葉になってしまいますが、あえて言葉にするなら、

自分を殺してしまいたい気持ちになりました。

優しさだけを持てない自分に、思いやりが欠けている自分に、なんでこんな自分なんだと

自分を責めて、嫌いになっていました。

例えば、些細なことですが、こんなことがありました。

父が、マクドナルドのビッグマックを食べたいと言ってくれました。

ビッグマックも通常のものではなく、期間限定で発売されていたさらに大きなサイズの

ものでした。

その時、父親は食事をできてはいましたが、小さな先付用のお皿をやっと食べきれるぐらいの食の細さでした。

抗がん剤の治療の影響もあり、味覚が変わり、食事も美味しくないという時でした。

そんな父が、何かを食べたいと言ってくれること、自ら何かを食べようと思ってくれたことを、本当であれば喜ぶところを、すぐに買いに行って用意してあげればいいところを、

私はこう答えていました。

「そんなに食べれないじゃん。普通ので十分でしょ。」

・・・・・・・・・・・・・あの時の自分を殺してやりたい。

それを言ってしまった後の、父の「ははっ・・」て斜め下を向いて困ったようにはにかむように笑った顔が、今でも忘れられません。

そして、そのまま、通常のサイズのハンバーガーを買ってきてしまった自分を殺したい。

そして、言ってしまった、傷つけてしまう言葉の暴力を発したことを、いくらでもその後まだやり直すことはできたのに、

「やっぱり美味しそうだから大きいの買ってきちゃったよ。ね、美味しそうだね。」って、

大きなサイズのハンバーガーを父親に食べさせてあげなかった自分を、そんな些細な願いさえ、幸せさえ、父から奪ってしまった自分を、あの時の自分を殺したい。

あの時、あの瞬間に、戻してほしい。戻して、やり直させてほしい。

その頃は、母が常に父がせめて栄養のあるものを美味しく食べてくれるように、食事を作ることに一生懸命なのを知っていました。

だから、私は心の中で、“なんで母の思いを、愛情を、分かってあげないんだよぉ”って思っていました。私自身も、不安と心配と分かりもしない未来のことを勝手に考えて怖いような様々な思いを抱え精神的にも身体的にも疲れがたまっていた頃でした。

言い訳になりますが、なんだかイラついてしまって、ムカついてしまって、何の考えもなしにするっと自分の口から出てしまった言葉でした。

一度出てしまった言葉、きっと私のイラつきやムカつきが表れてしまっていた言葉を吐いて、それを聞いた父はどんな気持ちになったんだろう?父にどんな思いをさせてしまったのだろう?

あの時、あの瞬間に、戻してほしい。戻りたい。やり直したい。取り消したい。

・・・できないんです。もう、どんなに後悔しても、どんなに戻りたくても、

あの時、あの瞬間には戻れない。

小さな、ほんとに小さな、小さくて些細な、父の願いを、叶えてあげることができない。

本当にね、こういう日常の些細な出来事から、病院関係のことから、あの時、あの瞬間、

どうしてああいう言葉を言ってしまったんだろう、なんですぐ行動してあげなかったんだろう、なんで、なんで・・・?って、自分の優しさ・思いやりが欠けていたことを大きな後悔とともに思い出します。

毎朝、目覚めるとすぐ、父がいてくれることが嬉しくてたまらなかったのに。

父と一緒に過ごせる時間を、何よりも大切に思っていたはずなのに。

大好きで、大好きで、大切でたまらなかったのに。

自分が少し身体が疲れているから、眠いから、体調が悪いから、、、なんて自分都合のことで、

イライラしちゃったり、機嫌を悪くしたり、面倒くさいと思っちゃったり、、、、、、、

【父親のしたいこと、私にできる事なら、何でもしよう】

そう、心の底から切実に思ったのに。

優しい人間でない自分、思いやりのある人間でない自分、自分の人間としての本質を思い知らされた1年でもありました。

こんな状況でさえ、ずっと優しい人間にはなれなかった、思いやりあふれる人間には

なれなかった。

自分のことが本当に嫌いになる瞬間がたくさんあった1年でした。

もう取り戻しはできない時間。

この後悔を、痛みを、忘れずに抱えて生きていき、いつか、私が死んだ後、死後の世界というものがあり、父と再会することができるのであれば、謝りたいと思っています。

謝りたいなぁ・・本当に。

いつも、にこやかに、穏やかに、優しく思いやりのある娘でなくて、ごめんね。

これからの私は、ちゃんとこの後悔を、痛みを忘れず、

本当の優しい人間、思いやりのある人間になることを目指して生きています。

ちゃんとその道を歩めているか、時々、見ていてくれたら嬉しいです。

現時点での私の目標は、

「アホな太陽になること!」です(笑)

この本に書かれているような、アホな太陽になりたい。なれるかな。なるんだ。

自分が明るく楽しく、ちょっとアホな太陽になることが、いちばん周りに喜ばれるという方法論を知ったからです。

極は喜ばれる存在になること、そのために何をするか・・・・・・。

単純なんです。喜ばれるためにあれこれ考えることではなく、私自身が明るく楽しい人になればいい。その結果、私も人に喜ばれる存在になれるかもしれません。

ー宇宙方程式の研究(小林正観、山平松生)より引用

この本の概要

著者:小林正観、山平松生
出版社:風雲舎
出版年月日:2001/6/1
ページ数:210p

頑張れ!私!

何かㇺって思うこと、あるかもしれません。家族だって。

その時に、1秒でいいから、思ってみてください。

未来の自分からしたら、このㇺって思うことさえも、羨ましくてたまらない過去なんだよなぁって。

だったら、心の中でㇺってしながらでも、本当の自分の気持ちに早く気づいて、その気持ちの方の行動をしようよって。言葉を言おうよって。

私ができなかったこと。誰かならぜったいできますから。

-ありがとうの奇跡