これから「親孝行」をしていきたいと思っていたのに・・・もう、できない。
そんな思いをしているかた、いらっしゃいませんか?
この記事では、そんな思いをしている方に、(私自身もなのですが)
【父を亡くした私がこれから父にできる唯一の親孝行の方法】
を、お伝えしていきます。
私は、この方法論を知ることで心が救われる部分がありましたので、同じような思いを抱えてしまっている方がいれば、
是非お伝えしたいと思いブログに書くことにしました。
※そんなこと無理に決まってるだろ!できもしないことを!不快だ!という方は読まないでください。
悲しい思いをしていることは同じような経験をした自分、ほんの少しは分かるつもりです。
2021年6月に父親が余命宣告をされました。
2022年6月に父親が亡くなりました。
父親に、もっと親孝行がしたかった。
喜んでくれることをもっとしたかった。
楽しんでくれることをもっとしたかった。
幸せだと思ってくれることをもっとしたかった。
父親が余命宣告をされ、一緒に入れる時間が欲しくて仕事を辞め、離れて暮らしていた東京から地元へ戻り、
1年一緒に暮らすことができました。
その間、病気の父の傍にいながら親孝行はできたと思います。
いえ、正直に言うのであれば、病気の父の力にはなれたと思いますが、親孝行とは違うような気がしています。
父親が病気でなかった頃、普通に元気で健やかに生活できていた頃、私は親孝行をしたいと思いつつも出来ていませんでした。
“親孝行がしたい”。そう思うだけで、してこなかったことを後悔しています。
思っていただけ、行動していないのだから、言葉にして伝えてもいないのだから、していないと同じことです。
そんな私に対して父は伝えてくれました。言葉にして。
「〇〇(私の名前)がいてくれるから、頑張れるよ」
病気と闘いながら、そう伝えてくれた父。
私の存在だけで、嬉しいと、頑張れる力になると、伝えてくれた父。
本当に嬉しかった。幸せだと感じました。
もっともっと、一緒にいて、親孝行したかった。
これから、いっくらでも、しようと思えば親孝行いつでもできると思っていた。
これから先、何があったとしても、生きている父に親孝行をすることは二度と出来ません。
後悔している私に、父が亡くなり、読んだ本の中で、少し心が救われるものがありました。
もう父は生きていない。だから、生きている父にはもう親孝行はできない。
それでも、今、これから先、
父を亡くした私がこれから父にできる唯一の親孝行の方法
それがあるのだとしたら。今の、これからの私にも親孝行ができるのであれば
それがあるのだとしたら。今の、これからの私にも親孝行ができるのであれば・・・が、次の文章です。
小林正観さんが、上高地帝国ホテルでの最後の茶話会でされた「親孝行」の話(お言葉)だそうです。
「親孝行というのは、親が生きている間にしてあげるものではありません。本当の親孝行は、親が亡くなったときからはじまります。親が亡くなりあちらの世界に行って、こちらの世界を見ているときに、『ほら、見てください。あれが私の子どもです。あんなに人に喜ばれながら楽しそうに生きているのが、私の子どもです』と親が自慢できるような生き方をすることが、最大の親孝行なんですよ」
ー「淡々と生きる」(小林正観)より引用
この本の概要「淡々と生きる」
著者:小林正観
出版社:風雲舎
出版年月日:2012/1/26
ページ数:224p
※「淡々と生きる」(小林正観)の本は、Kindle Unlimited(キンドルアンリミテッド)電子書籍の定額読み放題で読むことが出来ました。
期間限定などもあるそうなので、お確かめください。
もし、よく言われるように、”あの世”なるものがあるのならば、あの世でおばあちゃんやおじいちゃん、友人知人に父が自慢できるような娘としての生き方をしていきたい。
(生きている間も、自慢してくれていましたけどね、有難いことに。)
そして、今後、いずれ一人になるかもしれない私が何を拠り所にして生きていけばいいのか、それをも教えてくれたような心を動かされた文章があります。
お釈迦様が亡くなる時に、嘆き悲しむ弟子のアーナンダに言った言葉だそうです。
私の肉体が存在するということに依存してはならない。私が生きているということに依存してはならない。自らをよりどころとして、生きていきなさい。私があなた方に説いた法(教え)を闇の中の光として、生きていきなさい」
ー「淡々と生きる」(小林正観)より引用
私の今の現状は、44歳。独身。女。実家暮らし。です。
親しくしている親戚はおりません。恋人はおりません。
友だち、というものがどの程度の間柄なのか人それぞれ定義はあるのでしょうが、例えば自分が病気になった時に入院保証人になってと頼めるような友達も知人もおりません。
世間の目や体裁・見栄を第一に生きてきた私らしい交友関係の結果(笑)
そう、つまり、これから先、悲しいですが今の家族がいなくなっていき、〇〇家で最後の一人として、一人で生きる時間があるかと思います。
(そうはなりたくないので、友だち、知人、恋人、旦那、誰か、せめて入院保証人となってくれるような方は見つけたいと思っていますが(笑))
そんな私が、今後”孤独”を感じる時に、”卑屈”になってしまうかもしれない時に、道しるべとなってくれるような考え方です。
父が43年もの長い時間、私に言葉で態度で愛情で教えてくれたことを灯として、心を腐らせることなく、生きていきたいです。
この記事で紹介した文章(考え方)を、心に忘れず、生きていきます。
このブログを読んでくださっている方で、私のような人はいるのでしょうか?
中年で、女で、独身で。この先、一人で生きていくのではないか、孤独死を迎えてしまうのではないか・・・なんて考えている人。
そんな方がいれば、私もですよ。
大切な人が残してくれた光を心に灯しながら、その光だけは消さずに、大切に、生きていきましょう!