”奇跡”を願い、「ありがとう」を言う時に、私自身が注意しいていたことがあります。
それは、要求要望をぶつけないこと。
この記事では、「ありがとう」の言い方の注意点、を私の体験を交えつつ、本の紹介もしながら書いてあります。
「ありがとう」という言葉だけを言うなかで疑問に思ったこと
父親が余命宣告をされてから、“病気が治る”という奇跡を願い、
病気に関する「ありがとう」の奇跡が書かれている本を探し読むようにしました。
このブログでは、そんな私が気持ちを少し落ち着けることのできた本をいくつか紹介しているのですが、、、、
私が奇跡を願い「ありがとう」を言うことを続けている中で、思ったことがあります。
ただ「ありがとう」という言葉だけを言うのではなく、
☆具体的に何に対して「ありがとう」を言っているのか分かりやすい方が良いのではないか
☆気持ち・心がこもっている「ありがとう」の方が良いのではないか
ということ。
例えば「父の病気が治ってくれてありがとう」「奇跡が起きてありがとう」のように。
「これこれをしてくれてありがとう」「何が起きたからありがとう」といった形で言った方が、気持ちも素直にはいった「ありがとう」が言えるのではないか、その方が良いのではないか?ということ。。
具体的に何に対して「ありがとう」を言っているか分かりやすい方が良いのではないかという疑問
私がそのように思ったのには理由があります。
当時、私は、“「ありがとう」による病気の奇跡”が書かれている本の他に、“願望実現や潜在意識・引き寄せの法則”が書かれている本も読むようにしていました。
奇跡を起こしたかったから。奇跡が起こることを願っていたから。
それらの“願望実現”“潜在意識”“引き寄せの法則”などが書かれている本に、よくこのようなことが書かれていました。
さもその叶えたいことが叶ったかのように叶っている未来を想像すると実現する・感情を味わう。
叶えたいことが叶ったという体の言葉を言葉にする。口に出す。と実現する。
例えば、今現在はお金がないという現実でも、
お金があり安心している状態やワクワクしている状態、お金のことなんて心配しないお金がある当たり前の状態を想像して、
その時感じるだろう安心やワクワクを感じる。。。。
お金がある人・お金に心配がない人はそもそも当たり前すぎてお金のことを考えないはずだから、
さもお金が当たり前にあって当たり前とも思っていない感情を想像して感じる。。
父が余命宣告をされた当初は、それらの本に書かれていることも信じて、参考にして、実践もしていました。
ですから、さも、私の願いが叶っているかのような未来を想像し、その時に感じているだろう感情を感じよう。
そうなった未来に感謝している「ありがとう」を言っていれば、
“引き寄せの法則・潜在意識・願望実現”プラス、“ありがとうの奇跡”で最強でしょつ!!という思考回路になっていたのです。
「父の病気が治ってくれてありがとう」「奇跡が起きてありがとう」
こんな風に言う方が、ただ「ありがとう」を言うより叶いやすいのではないか、と思いました。
「ありがとう」という言葉だけを言うことを決めた理由
しかし、この本を読んだ時に、ハッと気づかされました。
私では、この方法をしたら駄目だろうな、と。
せっかく「ありがとう」という言葉を積み重ねてきたのになくなってしまうだろうな、と。
この本にはこのように書かれていました。
「ありがとう」という言葉は、「何が起きたからありがとう」というふうに狙いを定めて言うのでは、どうもいけないようです。
「これこれをしてくれてありがとう」と言ったときに、そのことを実現してくれなければヤダという感情が入っている場合には、結局は神仏に対する要求要望になってしまうような気がします。
要求要望をぶつけるのではなくて、本当に「ありがとう」を「ありがとう」だけ、感謝の心を持って言う。それだけに徹するということになります。
ー『啼かなくていいホトトギス』(小林正観)より引用
『啼かなくていいホトトギス』の概要
・著者:小林正観
・出版社:KADOKAWA
・出版年月日:2012/3/1
・ページ数:146p
私はハッとしました。
それは、何故私がただ「ありがとう」ではなく、「父の病気が治ってくれてありがとう」「奇跡が起きてありがとう」と言った方が良いと思ったのか、その奥底の部分が書かれていたからです。
感謝の気持ちでもない、ただ言うだけでもない。
願望実現、引き寄せの法則を上手く理解できていないばかりに、この本に書かれているように、つまりは、要求要望だ、ということに。
この本は私に、
・私の心の奥にある本当の心=要求要望の心
を気づかせてくれました。分からせてくれました。
そのようにしてください。そうしてください。そうしてくれないと嫌です。
どうか神様仏様、お願いします。要求です。要望です。お願いします。
こんな奥底の気持ちが、控えめなようでいて届けすぎたい気持ちがありました。
これは、要求、要望。つまりは、今への、現状への、不満でした。愚痴でした。泣き言でした。
どうしてこんな現実にするんですか、神様。そうしたのがあなたなら、あなたが助けてくださいという不平不満・愚痴・泣き言・悪口そのものの心でした。
ちゃんと、気持ちが素直に入った「~~してくれてありがとう」なら言ってもいいと思います。
いえむしろ、それができる人であるならば、その方がおそらく良いのでしょう。
ですが私にはできませんでした。
だから、私はただただ、「ありがとう」
その言葉だけをひたすら言うことに決めました。。
ただひたすら「ありがとう」を言い続けることで、その「ありがとう」の数をまた言いたくなるように現象化して降ってくる。
私のまわりをその現象が取り囲むということになります。
ー『啼かなくていいホトトギス』(小林正観)より引用
心の奥底に潜む”要求”や”要望”が言葉に入ってしまうのは避けられない。当たり前だ。
そうならば入ってしまうような余計な言葉を使うのは止めよう。ただただ「ありがとう」という言葉だけを言おうと。
※この頃から、私は”願望実現・潜在意識・引き寄せの法則”系の本を読むこともやめました。
読めば読むほど、心の奥底にある本音、恐怖心がじわじわとせりあがってくるようでしたので。
ただ私には合わなかった、というより、できなかったというだけです。他の人なら合う、できるかもですので、否定しているわけではありません。
当ブログでも、私が読んだ本(病気に関しての潜在意識や願望実現・引き寄せの法則系の本)をいくつかのせてますので、書いてある本を知りたい方は見てみてください。。めちゃくちゃ私の視点で書かれていますが。。。。((笑)
まとめ
この記事では、
「ありがとう」の言い方の注意点とは?
について、私の体験も含め、本に書いてくれていること、その本の紹介しました。
※この記事で紹介させていただいた本は、私はキンドルアンリミテッドで読むことができました。
(月額料金のみで読むことが出来るものですが、本の種類や期間が変更することがありますので、キンドルアンリミテッドで読みたいとお考えの方はご確認くださいね。)
私が思っていたのは、ずばりなところ、要求要望の心。感謝の心、というよりも、要求要望の心でした。
本当に心の奥底から望むことがあると要求要望の心が出てきてしまいます。私の場合はそうでした。
そして分かりもしない未来への怖れが知らず知らずに描きたくもないのにじわぁっと嫌な感じで心を占める。
だから、私は余計なことを考えないように、その隙を心にも頭にも脳にも与えないように、ただただ
「ありがとう」という言葉を、ただ「ありがとう」というだけにしました。
ただ一言「ありがとう」
それだけに徹するということ。
もちろん人それぞれ考え方は違いますので、その通りにするかどうかも人それぞれ。
そもそも私のように、父が余命委宣告をされた➡奇跡を願い「ありがとう」を言うの思考回路になる人もいないかもしれませんが・・・
1年前の私のように、言葉では到底表すことのできない気持ちで、1日1日を必死に、そして大切に尊く生きている家族の方たちの、ほんの少しの安心でも希望でも、とにかく心を落ち着けることのできるような、そんな感情に導けるようになっていただけたら幸いです。
そして、奇跡を願い行動をしている人のその奇跡がどうか届きますように。
私にはなんの力もありませんが、思っています。