ありがとうの奇跡

【病気】「ありがとう」による奇跡が書かれている本〇選~父親が余命宣告をされてから私が奇跡を願い読んだ本達⑥

父親が余命宣告をされてから、“病気が治る”という奇跡を願い、

病気に関する「ありがとう」の奇跡が書かれている本を探し読んでいました。

その本達をこの記事では紹介します。

結論から書きますと、“病気が治る”という奇跡は私の父には起きませんでした。

ただ、それでは何も奇跡が起きなかったのか?

というと、他の奇跡ならば起こしてくれたのではないか、と私は思っています。

なんだか曖昧な言葉を選んでしまって混乱しますよね。

それは、「ありがとう」を言うことを続けた結果起こすことができた奇跡、とも思うし、

そんなの関係なく、父が必死に家族の為に自分のために頑張ってくれたから起こすことができた奇跡、とも思っているからです。

そして、初めから決められていた宿命や天命だとも思っています。

「ありがとう」を言うことで奇跡を引き寄せることができた、ということを確信をもって言うことは、私にはできません。

確実な奇跡を起こしたい(大切な人の病気を完全に治したい)という方は、これ以上の辛く不安な思いをしてほしくないので、この記事は読まないでください。

「ありがとう」を言うことで奇跡を起こしたい、と奇跡を願う人。

そんな実例が書いてある本を読みたい。書いてある本を教えてくれ、という人。

医者でもない神様でもない何もできないと分かっていても何かしたいと思ってしまっている人

率直に表現するのであれば、そんな方に読んでほしい記事です。

※下記で紹介している本(著者)が、「ありがとう」を言うと病気が治るよ、ということを言っている本(著者)でないことはご承知おきください。

小林正観さんが『ありがとうの神様』という本でも書いてくれていますが、「ありがとう」という言葉を言い続けた人すべてがすべて、全員が”病気が治る””癌が消えた”というような方程式が当てはまるのかは分からない。ただこんなエピソードも実際にあったということです。

まあ、今ならかなり冷静に、そうだよな、と思います。そして他の部分も読んでみれば、もっと奥深く、人生全般のことを教えてくださっている本だと現在は理解できます。

しかし、父が余命宣告をされたばかりの頃は、病気が治ったとその部分のみを必要としていました。その部分のみ何度も読み返しておりました。

是非、心が少しでも落ち着いたときには、部分的にではなく全体を読み通してみてください。

心が落ち着き、穏やかな気持ちを思い出させてくれます。

父親が余命宣告をされてから私が奇跡を願い読んだ本⑥

『釈迦の教えは「感謝」だった:悩み・苦しみをゼロにする方法』(小林正観)

『釈迦の教えは「感謝」だった:悩み・苦しみをゼロにする方法』(小林正観)の概要

著者:小林正観
出版社:風雲者
出版年月日:2006/4/1
ページ数:222p

☆病気に関してのありがとうの奇跡の実例(本より)

三つの話

・・・という項に、病気に関しての”ありがとうの奇跡”が書いてあります。

「どこそこが痛くなくて、ありがとう」と身体の痛みがある場所以外の身体の箇所に繰り返し言ったところ、痛みがなくなった、という話です。

2人の方の実例が書いてあります。

ここでは、七十歳ぐらいのご婦人の方の実例を紹介しますね。

そのご婦人は、十年間、腰痛に悩み続けていた。いろいろな薬を試したけれども腰痛が治らなかった。

そのご婦人は通っていた薬局でそこを営む薬剤師の方からある提案をされた。

その薬剤師は小林正観さんの講演会に参加した時にある話を聞いていた。

「どこそこが痛くなくて、ありがとう」と身体の痛みがある場所以外の身体の箇所に繰り返し言ったところ、痛みがなくなった、という三十歳前後の気候治療をやっている男性の話を。

たまたまそういう話を聞いた薬剤師は、そのご婦人に提案をしてみようと思い次のように提案した。

 「痛くなくてありがとう」と、すべての部品、例えば、右目、左目、右の眉、左の眉、右のほっぺた、左のほっぺた、右の耳、左の耳、右の耳たぶ、左の耳たぶーたくさん名前のついているところに向かって、思いつくままに片っ端から、順調に働いてくださっているところを名前を挙げてお礼を言ってみたらと、その薬剤師さんは提案しました。
ー『釈迦の教えは「感謝」だった:悩み・苦しみをゼロにする方法』(小林正観)より引用

十年間悩み苦しんでいたそのご婦人は、素直にその提案を受け入れ、実践をした。

痛みのない身体の箇所に「ありがとう」を言い続けた結果、どうだったのか?

 一週間後、満面の笑みを湛えたその方が、薬局を訪れたそうです。そして、深々と頭を下げて、お礼を言いました。

「ありがとうございました。十年間とれなかった腰痛がとれました。ほんとうにありがとうございました」
ー『釈迦の教えは「感謝」だった:悩み・苦しみをゼロにする方法』(小林正観)より引用

「順調に働いてくださってありがとう」と、体の部品をすべて挙げられるだけ挙げて、一週間、お礼を言い続けたそうです。全部、部品をいい終わってふと気がついたら、十年苦しんできた腰痛がなくなっていたということでした。
ー『釈迦の教えは「感謝」だった:悩み・苦しみをゼロにする方法』(小林正観)より引用

私の体験

私は父の背中をなでながら、小さな小さな周りには聞こえない声で言っていました。

父には、これは、これこそ奇跡だと思うのですが、癌の痛みが、患部の痛みが全くなかったんですよね。

余命宣告をされた時、その以前も、その後も。

身体のだるさや貧血、抗がん剤治療による身体の反応はありましたが、癌自体の痛みは、担当していた医師も驚いていましたが、痛みがなかったんですよね。

ですので、痛みがある患部以外というより、父の身体のすべてに、おもいつくまま「ありがとう」って言っていました。

「足が動いてくれてありがとうね。」

「手が動いてくれてありがとうね。」

「心臓さん、今日も動いてくれてありがとうね」

「目さん、今日も父に色々なものを見せてくれてありがとうね」

・・・・・・・・・・・・

奇跡が起きたのか、効果があったのか、それは正直なところ分かりません。

これをしたから、癌自体の”痛み”がなかったのか、それも正直分かりません。

ただただ、私は本のような奇跡が起きてくれたらいいな、と願いしていただけです。

まとめ

父親が余命宣告をされてから、“病気が治る”という奇跡を願い、病気に関する「ありがとう」の奇跡が書かれている本を探し読んだ本のうちの1冊です。

この本に出会えて良かった、と思っている本です。

父親が余命宣告をされた時も、父がそばにいてくれていた時も、そして亡くなってしまった今も、この本があって良かった、と心から思います。

「ありがとう」という言葉を言いながら、本当の感謝の気持ちが伴っていたわけではありません。

「ありがとう」をより数多く言うことに初めのうちはこだわりひたすら言っていました。奇跡が起こってほしくて必死に。綺麗な気持ちではありません。

1年間「ありがとう」を暇さえあれば言うことが癖になるほどになり、感謝の気持ちが少しずつ、時々、伴ってくるようになりました。

結論として、私の父には、ガン細胞が消えた、という奇跡は起きませんでした。

じゃあ、「ありがとう」という言葉を言い続けたことを後悔しているのか?

後悔しているのかどうかは正直分かりません。

それでも、「ありがとう」を言い、それまで気づかないように暮らしてきた感謝や愛情や幸せを本当に心から嬉しいくらいに悲しいくらいに感じることができるようになれたことは、良かったと思っております。

父親がいて、母親がいて、家族がいる。今、同じ時間を、この世界で、同じ場所で生きて

いられるということが、どれほど有難いことで、尊くて、失くしたくないものなにかを、思い知らされた日々でした。

小林正観さん自身が書いているように、すべての人に病気が治るという奇跡が起きるわけではない、と自身の体験をもって実感しております。

それでも、こんな体験があったなら知りたい、と何か心を落ち着かせるような本や知人の話、動画を探しておられる方がいるなら、読んでみてほしいと思います。

少なくとも私はほんの少し、そう、ほんの少しでも心が救われましたので。

それに、それぞれが望む奇跡が何も起こらない、とは誰にも分からないのですから。

 ※この記事で紹介した本『釈迦の教えは「感謝」だった:悩み・苦しみをゼロにする方法』(小林正観)は、私はKindle Unlimitedで読むことができました。

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