43歳の夏、2022年、父が亡くなった。
42歳の夏、2021年、に父が余命宣告をされ、43歳の誕生日を父と過ごせるか、怖かった。
だから、43歳の誕生日を共に過ごせたことは、この上なく幸せなことだ。
・・・・のはずなのに、そのこの上なく幸せな1日を、具体的にどう過ごしたのか、よく覚えていない。
どんな朝を過ごしたのか、どんな夜を過ごしたのか、
どんな会話をしたのか、どんな言葉を聞いたのか、
どんな表情をしていたのか、笑ってくれていたのか、
何を食べ、何を飲んでいたのか、
今日という1日を共に過ごせたことに幸せと喜びを最大に感じるだけで、
具体的なことをほとんど思い出すことができない
自分の記憶力の悪さに、なんでだよと怒りを感じることもあるけれど
人間の記憶力の弱さに、なんでだよと怒りを感じることもあるけれど
確かに、その1日を、共に過ごせた
44歳、生まれて初めて生きている父に祝われなかった誕生日
父がいない世界で生きている誕生日
父がいない世界で生きている44歳
一歩外に出れば、テレビをつければ、一見、何も変わっていない世界
それでも、私にとって、家族にとって、確実に変わってしまった世界
よく“世界の色がなくなる”だなんて表現されることがあるけれど
まさしくそんな感じ
色なんてそうそう変わるものでもないのに、色が変わった
何の色、というわけでなく、すべての色が
こういう思いを、感覚を、みんな誰もが、していくことが“人生”なのかな・・・
なんて、最近しみじみ思う時がある
もちろん楽しいことも、嬉しいことも、喜びも感じることが人生でもあるけれど
生きてる色がだんだん違ってくることが、人生なのかも・・・だなんて
これから、もちろんもっともっと色鮮やかにもできる
それでも、きっと、もう、以前のような色に感じることはできないんだろうと分かる
凄いな、人って。
人が人を大切、大好き、愛しいって思うことって。
同じ時間、同じモノ、同じ景色・・・のはずなのに、その人が生きてくれているかどうかで、なんだか別のものになったように感じさせる。
神様も、なかなかな機能を人間に付けてくれるものですね。
45歳。迎える45歳。
あの世から、向こうの世界から、私の誕生日を祝ってくれるかな?
私が今、これから感じる“楽しい”も、“喜び”も、“嬉しい”も、“感動”も、プラスの感情がどうか全て向こうの世界の父に届きますように。
“美味しい感覚”も“面白い感覚”も“ワクワクする感覚”も、“綺麗だなという感覚”も、プラスの感覚が経験が、全て向こうの世界の父に届きますように。
そして、今、目の前にいる、近くにいる、遠くにいる、大切な人をちゃんと大切にできる45歳の自分でありますように。
44歳。
お父さんがいない世界でよく頑張ったね。
これからもそこは変わらず寂しいけれど、ちゃんと、頑張っていこう。もう来ない44歳。お疲れさまでした。ありがとうございました。

Here, There And Everywhere
44歳。もともとビートルズ好きですが、ゴールデンスランバーを読んでから、ビートルズをまたじっくり聴きなおしています。
1番好きなこの歌は最近毎日聞いています。