自分にできる事であればなんでもしたい
自分にできることはないだろうか
大切な人が命にかかわる病気をしたとき、そう思うのは当たり前のことではないだろうか
父親が余命宣告をされてから、“病気が治る”という奇跡を願い、
病気に関する「ありがとう」の奇跡が書かれている本を探し読むようにしました。
しかし、探していて気づいたこと。それは、
『病気をしている本人による、本人が実践する、病気に関してのありがとうの奇跡』
について書かれている本は探せばそれなりに本数はあるけれど、
『大切な人の病気に関してありがとうの奇跡を起こしたいと願う(家族)側の視点』
について書かれている本って、少ない、いや、ほとんどない、、ということ。
私の探し力がないということもあるかもしれませんが、家族や恋人側、友人側としての視点で書かれている本、本に限らず動画でも、ほとんどないんですよね。
病気をされた本人の方の闘病体験を書いてくれているものはブログでも本でもけっこうあります。
私は幸運なことに今まで大きな病気も怪我もしたことがありませんので、病気をしている、余命宣告をされた父の本当の気持ちを知ることも、分かることも結局はできません。
だから本人がどういう思いや気持ちを抱いていたのかは100%分かりませんが、病気をしている本人が、「よし、ありがとうをひたすら言って、奇跡を起こそう。全てのこと、ものに感謝しよう。」だなんて、思うのはとても難しいことだと想像します。
本人ではない、家族とはいえ違う人間の私でさえ、父が余命宣告をされた時、言葉では表すことができない感情になりました。
本人はそれ以上の言葉では表すことのできない感情を抱いたと思います。
そんな状況の中で、「ありがとう」をひたすら言おう。奇跡を願おう。ずっと常に前向きで頑張ろう、とはなかなかなれないと思います。私だったら。
本人でなく、家族とはいえ違う人間だからこそ、奇跡を願えるのだと私は思っています。
そんな私ですので、『病気をしている本人による、本人が実践する、病気に関してのありがとうの奇跡』に関しての本ばかりで、家族側としての視点で書かれている本の少なさに憤りを感じ、落胆することもありました。
病気に関してありがとうの奇跡が起きたという実例は、探せばいくつか本当にある。らしい。
ただ、ここで、私には1つ不安なことがありました。
「ありがとうを言う」ことで奇跡を起こすことができるのは、本人のみなのか?
ということです。
娘である私が「ありがとうを言う」ことをしたところで、親子ではあるけれど違う身体の
父親のガン細胞を全身からすべて消すという奇跡を起こすことはできるのか?
本人でないと奇跡は起きないのか?
※「ありがとう」をひたすら言うことで、必ず病気が治る、という説を広めたいわけでも、
信じさせたいわけでもありません。
「ありがとう」を言うことがそういう効果が必ずあるということでもありません。
※私の好きな小林正観さんの本や斎藤一人さんの本を読むと、「ありがとう」の本質が改めて分かってきますが、あの当時の私はただただそういう奇跡があったという事実に縋りつきたくて、「ありがとう」をひたすら言っていたのです。
著者さん自身も、ありがとうの奇跡は全ての人に起こるわけではないということを本に載せております。
結論から書きますと、“病気が治る”という奇跡は私の父には起きませんでした。
ただ、それでは何も奇跡が起きなかったのか?
というと、他の奇跡ならば起こしてくれたのではないか、と私は思っています。
別記事リンク張る
→私に起こってくれた奇跡だと思う出来事
なんだか曖昧な言葉を選んでしまって混乱しますよね。
それは、「ありがとう」を言うことを続けた結果起こすことができた奇跡、とも思うし、
そんなの関係なく、父が必死に家族の為に自分のために頑張ってくれたから起こすことができた奇跡、とも思っているからです。そして、初めから決められていた宿命や天命だとも思っています。
このブログを読んでくださっている方で、「ありがとうの病気の奇跡」は必ず起きるんだ、というような誤解をさせるようなことがあれば、申し訳ございません。
しかし、そんな中でも、私の心を救ってくれるような文章もいくつかはありました。
この記事では、
家族の視点で書かれているものが少ない中医者でない私にも何かできるのではと思わせてくれた文①
を紹介していきます。
☆この記事がおすすめの人
・本人ではなく家族側(恋人、友人側)の立場で、病気の人にありがとうによる奇跡が起こってほしいと願っている人
・そんな実例が書いてある本を読みたい。書いてある本を教えてくれ、という人。
率直に表現するのであれば、そんな方に読んでほしい記事です。
☆病気に関してのありがとうの奇跡の実例(本より)
ある講演会では、こんなことがありました。末期ガンと診断された方が会場の前に出て、「私に、ありがとうの声をかけてほしい」と全員に呼びかけました。会場に集まった200人が、1分間100回、合計「2万回」の「ありがとう」を浴びせたのです。会場は、なんともいえない温かい空気に包まれました。そして3日後の精密検査で、「ガン細胞が消えた」という結果がもたらされたそうです。
ー『ありがとうの神様』(小林正観)より引用
☆『ありがとうの神様』の概要
【概要】
著者:小林正観
出版社:ダイヤモンド社第1版
出版年月日:2015/2/13
ページ数:340p
本人でなくても、「ありがとう」という言葉を本人に浴びせることができたなら、ガン細胞を消せるという奇跡を起こせるのかもしれない。
そういう実例があったのであればしてみよう。そう思いました。
それでも、本人には気づかれたくなかった。
必死で頑張ってくれている父に、娘は「ありがとう」という言葉をひたすら浴びせて
奇跡を起こそうとしているということを知られたくはありませんでした。
ですので私は一緒にいる時間も、気づかれないように声にもならない声で口もなるべく動かさないように「ありがとう」を囁いていました。
「ありがとう」という言葉に波動があるのであれば、言霊と言われるほどのパワーがあるのであれば、たとえはっきりとした音で聞こえなくても届くはずだ、届いてほしいと願いながら。
声が出せない人もいる世界で声が出せる人だけが起こせる奇跡があるなんて、それこそ不公平な世界になってしまうではないか、とそんなことも思いました。
「ありがとう」という言葉を言いながら、本当の感謝の気持ちが伴っていたわけではありません。「ありがとう」をより数多く言うことに初めのうちはこだわりひたすら言っていました。奇跡が起こってほしくて必死に。綺麗な気持ちではありません。
それでも1年間「ありがとう」を暇さえあれっば言うことが癖になるほどになり、感謝の気持ちが少しずつ、時々、伴ってくるようになりました。
「ありがとう」はもともと、神のなせる業に対して称賛し、感謝する言葉ですから、発した「ありがとう」はすべて神のもとでカウントされ、それが一定の数に達すると、自分のところに現象となって届けられる、というしくみになっているらしい。そして、その現象化するスピードというのは、自分自身が言った「ありがとう」の回数にプラスして、人から言われた回数が多ければ多いほど、早くなっているようです。
ー小林正観さんの「生きづらい」が「楽しい」に変わる言葉(小林正観)より引用
☆『小林正観さんの「生きづらい」が「楽しい」に変わる言葉』の概要
【概要】
著者:小林正観
出版社:主婦の友社
出版年月日:2021/2/18
ページ数:208p
※ちなみに私はこのブログで紹介している本は全てキンドルアンリミテッドで読んでいました。
『ありがとうの神様』だけは、キンドルアンリミテッドで読んだ後、手元に欲しくて実物を購入しましたね、なんだか同じ奇跡を起こせそうで。
※私は、普段から本をキンドルアンリミテッドで読むようにしていました。
月額料金さえ払えば、読みたいところだけ読む、も躊躇なくできるので。(お金を払って本を読むともったいなくて読みたくなくても読むことがありましたので)
特にこの時期は、読みたい文章があるのかを探していた時期でしたので、助かりました。
小林正観さん、斎藤一人さん、の本は該当箇所部分以外も素晴らしくって全部読みました。心に少し隙間を作ってくれました。
「ありがとう」という言葉の力を信じて、いや、利用して、何度も何度も言っていました。
小さな声にもならないほどの声で、口を小さく動かしながらも、言っていました。
そして、父に、家族に、出会う人に、ことあるごとに、「ありがとう」を声に出して言っていました。意識して「ありがとう」という言葉を毎日日常の中で使うようにしていました。
夜眠る時に、「今日もありがと」、毎日意識して言ってたなぁ、父に、家族に。
今はもう習慣になって、毎日家族に言っています(笑)
☆「ありがとう」を言い続けた私の結果(私の実体験)
結論として、私の父には、ガン細胞が消えた、という奇跡は起きませんでした。
じゃあ、「ありがとう」という言葉を言い続けたことを後悔しているのか?
後悔しているのかどうかは正直分かりません。
それでも、「ありがとう」を言い、それまで気づかないように暮らしてきた感謝や愛情や幸せを本当に心から嬉しいくらいに悲しいくらいに感じることができるようになれたことは、
良かったと思っております。
小林正観さん自身が書いているように、すべての人に病気が治るという奇跡が起きるわけではない、と自身の体験をもって実感しております。
それでも、こんな体験があったなら知りたい、と何か心を落ち着かせるような本や知人の話、動画を探しておられる方がいるなら、読んでみてほしいと思います。
少なくとも私はほんの少し、そう、ほんの少しでも心が救われましたので。
それに、それぞれが望む奇跡が何も起こらない、とは誰にも分からないのですから。
まとめ
父親がいて、母親がいて、家族がいる。今、同じ時間を、この世界で、同じ場所で生きて
いられるということが、どれほど有難いことで、尊くて、失くしたくないものなにかを、
思い知らされた日々でした。
今まで承認欲求ばかり高めの自我の強い私の生き方を変えていきたいと素直に思わせてもくれました。これからどんな自分になりたいのか、どんな生き方をしていきたいのか、
そんな大きなテーマについても改めて考えなおしをさせてくれた日々でした。
感謝します。ありがとうございます。
実際に起きた奇跡を探す、そして同じような奇跡を起こしたい、そう思うのは私としては自然なことでした。私と同じような思いをする人がいるのであれば参考にしてください。
そして少しでも今の不安や心配・恐怖のような言葉では表現できない感情が穏やかになってくれたら・・と思っております。
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