私は実家に引っ越してきて、「疲れた」という言葉を言わなくなりました。
言えなくなりました。
でも、実は疲れる時もあります。
でも、言うことができません。
言いたくありません。
それは、家族に心配をさせたくないから。
それは、家族が自分のせいで私が疲れているんだなと思ってほしくないから。
2年前は余命宣告をされた父の前で「疲れた」と言いたくなかった。
今は、母と家族の前で「疲れた」と言いたくありません。
でも、疲れる時、あります。
「疲れた」という言葉を言えることって、実はとても幸せな時間だったなぁと今更ながら思います。
ただ自分が疲れたことを、たいした意識もなく、深い意味もなく、たいして疲れていなくても、それを聞く相手のことも大して考えず、「疲れた」「疲れたねー」って言えること、言い合えることが、実はとても、幸せなことだったんだなぁと思います。
「疲れた」
その一言、みなさん、言えていますか?
言えないなら、言えていないなら、そんな人がいるなら、
このブログのコメント欄使って、自分の中の溜まっちゃった何かを出してくださいね。
私も疲れてるんだよ。
疲れることあるんだよ。
嫌だなって思う時あるんだよ。
そんな当たり前に思っていいこと、ちゃんと思えていますか?
※誤解の内容に書いておきますが、「疲れた」自分がいたとしても、その「疲れた」ことでさえ、幸せなことに時間も神経も身体も体力も使っています。
ベースにあるもの、根幹にあるものは、愛情です。
愛情が伴わない「疲れた」は、無理して必死になって自分の気持ちに嘘ついてまで、することは、これからの人生少なくしていこう、なくしていこうと決意しています。
そう思えたのは、思わせてくれたのは、この2年間の経験からです。
(父が余命宣告をされてから今までの2年間、当ブログで本の紹介を交えつつ正直な心情を書き残しております)
そして、最近読んだ本たちの影響もあります。




何か行動をするとき、そこにあるのが「愛」なのか「恐れ」なのか、意識するようになりました。
例えば仕事を選ぶとき、この仕事をすることでお金を稼いで家族を幸せにしたいのか、それとも見栄を張りたい=自分でみっともないと思う自分でなくなるために(=恐れ)昇進して地位を得てお金を稼いでいきたいために仕事をするのか。
「疲れた」時に、「この疲れたって、実は幸せなことで疲れてるのか?結局は意味もない自分事=恐れでの疲れなのか?」とふと考えられるようになりました。
心が少し「疲れた」と感じ、自分自身へ誰かへ刺々しい気持ちになっていると自意識できた時は、意識して次のようなことをするようにしています。
スッと、急激に、そのやさぐれ感情が無くなるわけではないですが、スーッと静かに輪郭柔らかくにはしてくれます。
・1杯の美味しいコーヒーを美味しいと思いながら飲む
・好きなトイレットペーパーにする
・海を見る・海の音を聞く
・イヤホンを両耳にして好きな音楽を聴く・動画を見る
え!?と思うような些細なことでしょ?(笑)
私がしているこの些細なことの詳細はこの記事の1番下にまとめてあります。
興味ある方はどうぞ(#^.^#)
でも、そういう時間さえ、自分にはないような気がする時があるんですよね。
心を意識的に落ち着けて考えてみれば、そんな時間はちゃんとあるのに。
それが1分ほどの時間でも、あるにはあるんですよね、ちゃんと。
自分自身の時間を、感情を、自分でコントロールできていない意識があると、身体の疲れに比例して心の疲れが蓄積されていく気がしてくる。
そうすると、自分でも訳も分からず、イライラしたり、原因もやり場も分からない怒りを感じたり、自己嫌悪になったり・・・・感情が勝手に荒れ狂ってくれます(笑)
そんな時、自分でちゃんと気づいてあげるようにしよう。
そう意識できるようになっただけでも、以前と違うかな。
1分だけでも、1分に満たない短い時間でも、自分を癒してあげられる時間を、何かを自分で用意してあげる、作ってあげる。
誰かも大事だけど、自分も大切にしていきましょ。
「疲れた」と感じた時、どうしていますか?
私がしているこの些細なことの詳細―「疲れた」と感じた時【40代の暮らし】
1杯の美味しいコーヒーを美味しいと思いながら飲む
時間があるときは、ドリップして。
時間が少しあるときは、パックドリップして。
最近のお気に入りは小川珈琲さんのを飲んでいます。




東京にいた時は、珈琲屋さんに行って、豆選んで焙煎してもらってとしたり、コーヒーメーカーで作ったりしていましたが、実家近くには珈琲屋さんもカフェもありません。( ;∀;)
試しに小川珈琲さんの春を飲んでみたら、美味しい。
以前は、よっぽど高い豆を買って飲んでいたけれど、いつも“ながら飲み”をしていて、味とか香りに集中することなく飲んでいたんですよね。
ゆっくり「あぁ、美味しいな。」「良い香りだな」「幸せだなぁ」なんて思ったことなかったんですよね。もったいないことしていたなと思います。
自由な自分だけの時間は一人暮らしをしていた時の方がたくさんあったけれど、時間の有難みや尊さ、幸せ感を感じることはほぼなかったな。
仕事のことを考えながら、仕事をしながら、苛つく上司のことを考えながら、動画や本を読みながら、ながら作業中に飲む飲み物、として珈琲を使っていました。
今は、「疲れた」と感じた時の救済としても珈琲時間を楽しみますし、疲れていない時も、
一人時間、家族時間を心から楽しむのにも珈琲飲んでいます。
好きなトイレットペーパーにする
・・・・地味ですよね(笑)
ですが、たったこれだけのことで、心がフッと安らぐことがあるんですよね。
カッサカサになってる心に霧雨が降るような。
トイレって完全一人きりになれる空間。
家族でさえも、友人でさえも、一緒にいるのがしんどいな、と感じる時に、たとえ1-2分の短い時間でもトイレに行く。
一人きりになれる空間がある。
その空間が無機質なものだと、なんだか心がカッサカサ、冷たいままで、心まで無機質で感情をどんどん流されていく気がする。
だけど、ほんのちょっぴりそこに華やかさとか、可愛らしさとか、香りとかあったら、それだけで心が癒される感じがする。
ですので、すっごく地味ですが、私にとっては重要な疲れを癒してくれる要素の一つです。
今のお気に入りはこちらのトイレットペーパーです。
トイレットペーパー ふわはな 1.5倍巻 45m ダブル 1ケース
12種類全ての絵柄が違っていて、選ぶ楽しみもあります。
保管しつつ窓枠に飾るのも、トイレ空間を華やかにしてくれます。

みなさんはお気に入りのトイレットペーパーはありますか?
みなさんのお気に入りのトイレットペーパーあれば、教えてください(#^.^#)
海を見る・海の音を聞く

無意識で見るのではなく、わざわざ見に行く。音を聞く、のが良いんですよね。
いつも海の音は聞こえているはずなのに、意識して聞かないと聞こえないことありますよね。
兎にも角にも、近くに海も山もある環境であるのは、ありがたいことです。
イヤホンを両耳にして好きな音楽を聴く・動画を見る
実家に帰ってきて、イヤホンを両耳にすることがなくなりました。
一人暮らしをしていた時は、部屋で一人なのに、イヤホンをして音楽を聴いたり、動画を見るのが好きでした。
あえて、自分一人の空間をせばめる、というか。それが快適でした。
実家では、やはりいつも、心配があるのだと思います。
父のこと、母のこと・・。
それが苦痛というのではなく、勝手に私が心配しているからそうしているだけです。
イヤホンを両耳にしていたところで、音をシャットダウンしていたところで、本当に困った状況になることはほとんどありません。
2度ほど、親の体調が悪くなり、眩暈がして倒れこんだり、点滴が外れたり・・というトラブルがありましたが。
ですから、別に常に私が気を張っていなければとうわけではないのですが、これはもう性分ですね。気を張っちゃうんです。
おせっかいと言いますか(笑)
誠に勝手ながら、勝手に私が心配しているだけなのですが、「疲れた」と思ってしまう時があるのです。
「疲れた」とき、これ以上だとわざとキツイ言葉を言ってしまう、わざと態度に表してしまう、というヤバさを自分に感じた時は、イヤホンを両耳にしてあえてシャットダウンします。
誰かからも、イヤホンしてるから話しかけても聞こえないだろうな、と思わせます。
音楽を聴いたり動画を見たりすることもありますが、それらをしない場合でも、わざとイヤホンを両耳にすることがあります。
こうしてしまう時は、自分ヤバさマックスの時ですね(笑)
でも10分ぐらいでやっぱり気になって片耳イヤホンに戻ります。
頭に血が上る、疲れた心をリセットして、半分シャットダウン、半分外の世界にいつでも対応できるように。これで十分幸せ。
ちなみに好きな音楽は
安室奈美恵さん、ミスチルさん、スピッツさん、チェッカーズさん、ZARDさん、OASIS、Savage Garden、Backstreet Boys(#^.^#)
これらの些細なことですが、私には貴重なことを、「疲れた」と感じる時、意識的にすることで自分を癒しています。
「疲れた」というのは人生いつの時代も共通で感じる感覚なのかもしれませんが、その中身・内容は年々変わっていきますね。
よりダークになっていくと言いますか。
より真剣みが増していくといいますか。
年を取ったせいか、20代の頃に感じていた「疲れた」は軽やかなものに思いますが、時間がたって薄めてくれただけで、その当時は当時で、ダークに真剣みありで対応していたんですよね、きっと(笑)
さぁ、今日は、小川珈琲の夏珈琲を1杯味わいながら飲みますか。
今日は心と時間にも余裕があるので、金曜ロードショーの「カールじいさんの空飛ぶ家」見ながら心を意識的に癒します(#^.^#)

私この映画、大好きなんですよね。心が温まる映画。
開始10分ほどの映像が、切なくもなりますが幸せってこういうものだよな、と学ばせてくれる映画ですよねぇ。
あと、風船がとても綺麗。
同年代の皆様、「疲れた」と感じちゃう自分がいる時、どのように自分を癒せていますか?