ありがとうの奇跡

2023年を表す一言葉は、

2023年は、こんな一年であったらいいな。
2023年は、こんな私であったらいいな。
というのを、心に留めておきたいので、ここに記録として書いておきます

結論、2023年を表す一言葉は、「裕」であったらいいな。

2023年は、こんな一年であったらいいな。

2023年の年末、1年を思い振り返った時に、

「裕」な年を過ごせたなぁと思っていたい。

そもそも「裕」という字にはどんな意味があるの?

「裕」とは、

  • ひろい。心が広い
  • ゆたか。ゆとりがある。物が満ち足りる。
    ・・・などの意味を持っているそうです。

心が広い、気持ちがひろい。そんな私であったらいいな、と思います。
人に優しくできる、思いやりをもてる、そしてその行動ができる。

そんな心の広さを持っている1年でありたいです。

あ、あと、経済的にもさらに家族に貢献できるようにもなりたいですね。(笑

2023年は、こんな私であったらいいな。

これまでの人生の生き方を、ここから、44歳から変えていきたいと思っています。
これまでの全てを後悔しているわけではありません。
”一生懸命に生きてきたねぇ。”って自分を褒めてあげたいところもたっくさんあります。頑張ってきた、と胸を張って思うところもあります。
ただ、後悔していることはある。そしてそれは、これまでの人生の全てに関わることだから。

後悔していることは、ただ1つ。家族との、大切な人との時間の過ごし方

たった1つなのになぁ、後悔していることは。
でもそのたった1つの後悔は、もう二度と取り返せない。取り戻せない

ここで、ここから、まだ取り返せるものがあるうちに、取り返せないと本当に自分はこの先生きていけないと思うから。

この先家族が悲しいけれど時間が過ぎていなくなった時に、一人で生きていくのにちゃんと生きていけないと思うから。

私は今からこのように生きていきたいと心から思っています。
心から思わざるを得ないとも言えます。

尊敬する小林正観さんの本の力をお借りして、ここに自分への教示としても、ブログに記しておきます。

 何も特別なこともない日々が続くこと、家族がいて、友だちがいて、仕事があって、普通に歩くことができて、耳が聞こえて、目が見えてー当たり前のことが当たり前のように淡々と流れていく。それが幸せです。ありがたいことです。すると、目の前に起きてくるあれこれの現象を、「あれが気に入らない。これも気に入らない」とは言わなくなります。そういう時間の流れを至福の時と呼びます。
ー「淡々と生きる」(小林正観)より引用

淡々と生きる: ―人生のシナリオは決まっているから―

この本の概要
著者:小林正観
出版社:風雲舎
出版年月日:2012/1/26
ページ数:224p

Kindle Unlimitedでも読めます。

何も特別なこともない日々・・・以前の私は「今日も何もなかったな」「今日は仕事が上手くいったな」「今日は仕事が大変だったな」
思うのはそんなところで、「あぁ、今日も1日幸せだったなぁ」「ありがたいことがいっぱいだったなぁ」だなんて、思おうとさえしない日々を過ごしていました。

自分が朝目覚めることも、歩くことも、トイレで用を足すことも、顔を洗うことも、仕事をすることも、食べることも、生きられていることも、なーんにも有難さを感じず、当たり前ともむしろ思わず無意識で、いえむしろ仕事は面倒くさいと感じながら、【どういうことが幸せなことなのか】考えようともしない日々を過ごしていました。

大切な人は、私の家族は、何疑いもなく不安もなく、朝には目が覚めて、歩いたり、トイレで用を足したり、買い物したり、食べたり飲んだり、できている・そしてこれからも続いていくものなんだ、と思っていました。

違ったんですよね、違ったんです。
日々、時間は過ぎていて、年齢を重ねていて、身体は肉体は時がたてば人間だから少しずつ衰えていっていて・・・
そんな自然な時の流れの中で、当たり前だと思っていた日常を過ごし続ける事が、当たり前ではなく、”とてつもない奇跡”の連続だったということに、”【とてつもない幸せが満ち溢れている日常】だったことに、気づけていなかった。

そしてそんな私に、父の余命宣告、父の病気という形で神様は学びを与えた。
残酷だな、という気持ちはあります。なくなる気持ちじゃない。
でも学ぶしかないから学びました。
私が死んだときにでも、神様には感謝を伝えようかと思っています。生きている間はきっと伝えられないでしょう。仕方ないよね、神様、許して(笑)

さて、だからこそ、学びはしたので、これからは、そのような後悔を絶対しません。

今後は【どういうことが幸せなことなのか】を忘れず、至福の時を過ごしていきます!

2023年も変わらなくていいもの

父親が亡くなった悲しみは、今と変わらずあっていいです。
寂しさも、今と変わらずあっていいです。

だって、それだけ、それほど、大切な、大好きな、存在ですから。

過去も今も未来も。



さぁーて、2023年が始まりますね。

毎年、新しい年が始まるのは当たり前だと思っていました。
当たり前に年末年始は仕事がいつも以上に忙しくて、「仕事疲れる―」「疲れたー」「休みたーい」なんて、愚痴のようなことを言うことで甘えて。
「あけましておめでとう。今年もよろしく。」「あけましておめでとう」って年始の挨拶をっ電話でして。
「今年も健康で過ごそうねー」なんて、伝えあって。

年始の挨拶をすることも、「疲れたー」って軽く言えることも、「今年も健康で過ごそうね」って伝え合うことも。

今にして思うと、なんて幸せな、幸せに満ち溢れている時間を過ごせていたのか、と心から思います。

悔しいなあ、情けないなぁ、愛しいなぁ、今さら、今さらになって、思うなんてなぁ。
分かるなんてなあ。

そんな思いを抱きつつ、2023年、過ごす過ごせる1日1日を、大切に生きていきます!

皆さま。あけましておめでとうございます。

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