ありがとうの奇跡

44歳の気ままに独り言。

父が余命宣告をされた。

家族として何ができるんだろう?何かできることはないだろうか?
そう思う私の目にたくさん入ってきたのは、ネット情報、知人たちからの情報。
それらはこんなものがほとんどでした。

「いざという時に慌てないように生前できる準備」

・・・・・・・・分かってる。。分かってる。分かってるってばっ!

でも、でも、現実をすんなり受け入れられないし、この先も、そのままそっくり ”はい、分かりましたーっ”って、
”じゃあ、今出来る準備でもしときましょうか” なんて、私にはできませんでした。

現実的でないのか、妄想癖があるのか、夢見る夢ばばあなのか、とにかく私は、ネットに溢れているような、知人によく聞いたような、いわゆる
「いざという時に慌てないように生前できる準備」をすぐにできませんでした。

父が余命宣告をされてから1年も頑張ってくれたおかげというのもありますが、正直、
ネットで見たような知人から聞いたような、「すぐするべき事前準備」たるものは、
我が家の場合ですが、そんなに前から準備しなくても大丈夫だ、ということを体験して分かりました。

※最後の最後、先生から「心臓がいつ止まるかもしれないです」という言葉を聞いてからは、私も準備しました。
葬儀場、納骨寺の事前情報確認、、、、、しました。
私の場合は、1週間ほど前というギリギリだと言われる時でしたが、十分大丈夫でした。
地域が田舎だから、とかあるかもしれませんが。

冷静に考えてみれば、世の中には様々な死があり、余命宣告をされて様々な準備をする期間がある人達、だけではなく、余命宣告をされることもなく突然に命がなくなるということもあるのですよね。

つまり準備どうこう考えることもすることもできない状況が世の中には実際にあり、それでもなんとかなっている、ということが悲しいけれど実際あるのですものね。

そして悲しいけれど、実体験として、父が亡くなり、様々な手続きをして、今それらが一通り終わった思いとして、あくまで我が家の場合で思うこと。

余命宣告をされたらさもすぐにやるべきこととしてよく情報が溢れている「事前準備」の大半は後からでも十分できる、ということ。

ある友人だけが言ってくれた

「その時になればすることは確かにたくさんあるよ。でもその時は助けるから。そんな準備をしたり心配に心や時間を使うより、今〇〇がすることは、お父さんの傍にただいてあげることじゃない?〇〇がしたいように傍にいてもらうことじゃない?」

という言葉。

救われたなあ、本当に。
ただ傍にいる。そのことが今、今、すること、考えること、
今を大事にしなよ、という教え。

ありがとう。ありがとうでした。

そんな当たり前の、でも色々な情報に振り回されつつあったあの頃の私では自分から気づくことができなかった思いを言葉にして、改めて教えてくれて、ありがとうでした。

そして、実際に、助けてくれて、ありがとう。

今の状況が不安な方も、恐怖を感じている方も、いるかと思います。

あの頃の自分の気持ちや感情は、何度言葉にしようと試みても、やはり言葉にして表すことができないものです。

違う人間だから、全く同じ感情ではないだろうし、考え方も違うのは分かっています。

でも、様々な考えや感情があるのを承知で、自信を持って言えることが1つあります。

今を大事にしましょう。

どんな選択をしたところで、どんな行動をしたところで、大切な人の病気や死に関して、私は後悔は必ずする、と思っています。

後悔してしまうほど、やはりその人が大事で、大好きで、尊い存在だから。

今頃父が上の世界から後悔しないでおくれーって言われてもね、しますよ、私は(笑)

「しかたないよ。大好きなんだから、当たり前。それは大目に見てね」って笑って言い返してやります(笑)

今を大切にする。

今大切にしたい人を大切にする。

その思いを、考え方を、行動を、1番大事に。

-ありがとうの奇跡