2021年6月、父親が余命宣告をされました。
2022年6月、父親が他界しました。
「数か月・・・」と言われにも関わらず、1年間も病気や日々の不安や心配、恐怖など
本人にしか分からない感情と戦い続けてくれた父、凄いと心から思います。
改めて、心の中で、言葉で、何度も言っている言葉を、「ありがとう」
共にいれたこの1年間、自分がした行動で“良かった”と思えていることを記録しておきます。
“良かった”と思えている・・・そう、そう思える事は幸せなことで、正直、後悔している
ことの方が今は思い出すことが多いです。
父親が余命宣告をされ、治療法、病院と様々な選択を余儀なくされ、選択してきました。
病院に関すること以外でも日々の共に生活できた日常の中でも、様々な選択をしてきました。
それら小さかろうが大きかろうが、1つ1つの選択が絶対に間違いなく選んで良かった選択だった、とは自信がなく言えません。
もし、あの選択をしたら・・・もし、もし、もし、
たらればを考えてしまいます。
それらの小さな後悔も大きな後悔もしていくうちに、父が亡くなり、気づいたことがあります
『後悔は、必ずする』
よく、“後悔をしないように”という言葉、溢れていますよね。
それは“人の死、大切な人の死、大切な人”に関わることでなければ、言える言葉だと思います。
大切な人の死、大切な人、が関わることであれば、どの選択を選ぼうと、
私は『後悔は、必ずする』と悲しいほどに実感しています。
だって、大切ですからね。大好きですからね。
本人がどう思っていようが、あぁ、あんなことしてあげれば良かったな。あぁ、あの時、
こんなこと言ってあげれば良かったな、って思う方が普通なのではないかな。
愛情に限りはないですよね。
だから、今、同じような状況の方がもし読んでくれているのであれば、
後悔はしちゃうものだ!!って、もう諦めちゃってください。覚悟をしてください。
本人にとっても、家族にとっても、後悔のしない、後悔の少ない道を選択しなきゃ!って
頑張り過ぎず、でも、考えて考えて本人にとって1番良いんじゃないかと思える選択をすることを頑張ってほしいと心から思います。
そんな?後悔も含めて幸せも含めて父が亡くなった今生きている私ですが、父親が余命宣告をされ、亡くなった今、“していて良かった”と思えていることが2つ確実にあります。
それは・・
父親と共に過ごせる時間を意識して作れたこと(父親が私に、家族に思い出を残してくれた)
余命数か月と言われるのであれば、その数か月を少しも漏らさずに共にいたい。
傍にいたい。
しかし仕事をしているいじょう、1日8~10時間は共にいられない。
東京で暮らし実家と距離的に離れているいじょう、仕事が休みの日に実家に帰る以外は共にいられない。
余命数か月、それより共にいられる時間を、自分の都合なんかでこれ以上減らしたくない。
そう思い、仕事を辞め、実家に引っ越しをしました。
仕事を辞める。反対もされました。無責任だとも思われたと思います。迷惑もかけました。
父親自身にも自分のせいで申し訳ない、と思わせてしまいました。
でも、どれも私の”父と一緒にいたい“という心の底から渇望する正直な思いとは、
関係ありません。
父に後ろめたさを感じさせてしまうのは、もう、仕方ない。
でもそれは、私がはっきりと父と一緒にいたいんだ。私が私の為に父と一緒にいたいんだ。
その娘としての願いを気持ちを愛情を伝えれば大丈夫、心配しながらも呆れながらも
父親は分かってくれる受け入れてくれると自信がありました。
後悔していません。
後悔、、、たくさんあります。
これで良かったんだ、と思うこともあるけれど、何度かやり直すことができるのであれば、違う選択を試してみたかったことはたくさんあります。
治療法、最後の病院の選択、父との言葉のやり取り、日常の些細な事、、、、、
後悔していることはある?と問われたら、ありますよ、そりゃああります。そうすることがその時は良いと思えたことでも、何度もやり直せるのならやり直してみたいですよ!と切れ気味に言ってしまいそうなほどに。
大切な人だもの。自分にとってかけがえのない人だもの。今でも会いたい人だもの。大好きでたまらない人だもの。幸せをたくさんくれた人だもの。
後悔しない、ということはないんだろうな、と思います。
後悔は必ずします。
そんな中でも、仕事を辞め、実家に引っ越しをしたこと、この2つだけは、
なにも後悔していない唯一のことです。
周りに何を言われようと、思われようと、自分の思いを大切にしたいと思い、
実行することができた。
父も“申し訳ない”と言っていたけれど、私の気持ちを分かってくれたと思います。
仕方ないなぁ、って、困ったような顔で笑いながら(笑)
父もそんな私と少しでも一緒にいたいと思ってくれていたと思います(笑)
・一緒に家族4人で子供の頃以来、共に一つの家で暮らせたこと
・買い物、散歩、寝る、食べる、ありきたりな日常を共にすることができたこと
18歳で実家を出て、43歳までずっと都会で一人外暮らし。
仕事の都合で中学の頃までしか一緒に家族で暮らしたことはありませんでした。
だから、1年だけでも、また家族と共に同じ屋根の下で、一緒の家で暮らせることは、
私にとって本当に幸せなことでした。
同じ朝を迎え、「おはよう」を直接言うことができる。
「おやすみ」を言って眠りにつくことができる。
本当に、本当に、幸せでした。
父が、ずっとこんな暮らしをしたいなと願っていた私の願いを叶えてくれた、
最後の、そしてこれ以上ない最高の幸せの、プレゼントでした。
幸せをたっくさん残してくれた父に、心からありがとう。
寂しくなる時、ふとした瞬間に思い出せるトリガーを作ったこと
※賛否両論あるかと思うが、私は残したいと思った
・動画、写真、声の記録
・予定、日記の記録
具体的に、スマホで動画を撮った。写真を撮った。アプリ利用して電話録音をした。
※父に撮ることを了承したものもあるし、正直内緒で撮ったものもある
※電話のアプリ紹介
以前から、物覚えの悪い私は記録用にこのアプリを使用していた
それが思わぬこれまでの会話、余命宣告をされてからの会話も残すことができて、
時々父の声を聴いている。
その日したこと、日記は、亡くなった今、本当に記録していて良かったと思う
ただ、毎日できていなくて、空白の日がある
その日何をしたのか、どんな感情だったのか、それらを見ることで、よりリアルに思い出せるトリガーになり、ふと寂しくなる時辛くなる時記録していて良かったと心から思う。
人間は、私は、悲しいことに、1秒1秒全部覚えていたいと思っても願っても全てを覚えていられない。
父親を亡くし、一緒にいた全てを覚えていたいと心から思っても願っても覚えていられてないことがあることにさらに悲しくなる
そんな思いに少しでも抗うことができるのが、記録を残しトリガーを作っておくこと
例え日常的には忘れてしまっていたとしても、その日記などの記録を見ることで、記憶を思い出すトリガーとなり、あぁ、そういえばこの場所に一緒に行った時、こんな話をしたよな、こんな思いをしたよな、こんな顔してたっけなってリアルにその時のことを思い出すことができる
悔やまれるのは、空白の日がけっこうあること。記録していない日があること。
父の体調が安定した日々が続いてくると、余命宣告をされているのにも関わらず、その日常に慣れて、時間の日々の大切さを忘れがちになる。
いつまでも続くわけではないと頭で分かっているのにも関わらず何故だか安心感なんか出てきてしまって、切羽詰まった思いは少しずつ薄れていってしまって、その日一緒にどんなことをすることができたのか、どんな喜びや嬉しさ幸せをくれたのか感じることができなくなってくる。
人間の慣れ、幸せボケ、とは本当に怖いものだな、と空白の日記を見ると思い知らされる
そんな私自身の後悔もあり、同じような状況の方がいたら、是非毎日の記録を1行でもいいから記録しておくことを私はお勧めしたいです。
あぁあ、覚えておきたいのになぁ。1秒1秒全て。
確かに覚えていることはたくさんあるけれど、全部ではないから。
悔しいことに、悲しいことに、その能力はないから。
神様は、けっこうSだよね(笑)(泣)