父親が余命宣告をされてから、“病気が治る”という奇跡を願い、
病気に関する「ありがとう」の奇跡が書かれている本を探し読むようにしました。
その本達をこの記事では紹介します。
結論から書きますと、“病気が治る”という奇跡は私の父には起きませんでした。
ただ、それでは何も奇跡が起きなかったのか?
というと、他の奇跡ならば起こしてくれたのではないか、と私は思っています。
別記事リンク張る
→私に起こってくれた奇跡だと思う出来事
なんだか曖昧な言葉を選んでしまって混乱しますよね。
それは、「ありがとう」を言うことを続けた結果起こすことができた奇跡、とも思うし、
そんなの関係なく、父が必死に家族の為に自分のために頑張ってくれたから起こすことができた奇跡、とも思っているからです。そして、初めから決められていた宿命や天命だとも思っています。
「ありがとう」を言うことで奇跡を引き寄せることができた、ということを確信をもって言うことは、私にはできません。
確実な奇跡を起こしたい(大切な人の病気を完全に治したい)という方は、これ以上の辛く不安な思いをしてほしくないので、この記事は読まないでください。
「ありがとう」を言うことで奇跡を起こしたい、と奇跡を願う人。
そんな実例が書いてある本を読みたい。書いてある本を教えてくれ、という人。
率直に表現するのであれば、そんな方に読んでほしい記事です。
※下記で紹介している本(著者)が、「ありがとう」を言うと病気が治るよ、ということを
言っている本(著者)でないことはご承知おきください。
他の部分も読んでみれば、もっと奥深く、人生全般のことを教えてくださっている本だと現在は理解できます。
しかし、父が余命宣告をされたばかりの頃は、病気が治ったとその部分のみを必要としていました。その部分のみ何度も読み返しておりました。
是非、心が少しでも落ち着いたときには、部分的にではなく全体を読み通してみてください。
心が落ち着き、穏やかな気持ちを思い出させてくれます。
書いてあることも、著者さんのことも大好きになってしまった魅力いっぱいの本達です。
2.『宇宙方程式の研究:小林正観の不思議な世界』(小林正観、山平松生)
☆『宇宙方程式の研究:小林正観の不思議な世界』の概要
出版社:風雲舎
出版年月日:2001/6
ページ数:210p
☆病気に関してのありがとうの奇跡(本より)
・自分の体に対する感謝
・・・という項に、書いてあります。
自分の体に対して感謝する人はあまりいませんね。
体は空の箱、空霊からきました。魂の入っていない箱、というのが語源です。つまり自分の魂を入れてくれる容れ物です。この世に生きてる間、この体が自分の魂をあっちこっちへ運んでくれるのですよね。
この容れ物に「ありがとう」を言い続けると体はどんどん元気になります。この体を含め、目に見える四者に感謝すると、魂の容れ物である体はとても元気になります。
「ありがとう」を言い続けることで奇跡的ななにかに見舞われるというのは、むしろこっちの力によるのかもしれませんね。
ー宇宙方程式の研究(小林正観、山平松生)より引用
ちなみに、ここで書かれている“見える四者”とは、「友人」「知人」「家族」「自分の体」のことです。
私、この“見える四者”への感謝、全くしてきていない人生の生き方をしてきました。
「家族」に対しては「ありがとう」という言葉を言ったり、態度をしたり、行動をしてきた
つもりでしたが、、、、改めて思えば、それよりも自分の世間への体裁や見栄を重視した生き方をしてきていました。
こんな生き方をしてきた私、「友人」は非常に少なく、「知人」も連絡を取る知人などとてつもなく少ないです。
そして自分の体を気遣うこともなく労わることもなく酷使してきたと思います。
休みの日も仕事のために勉強をし頭をフル回転、睡眠もあえて体を休めてあげようとする
わけでもなく、お風呂でマッサージしてあげるでもなく、体に良い栄養を考えて食をするわけでもなく・・・・。
こんな私ですから、必死に「ありがとう」を言いましたね。
1日に5000回ぐらいを毎日毎日必死に一生懸命に言っていましたね。
本人でなくても奇跡が起きた例を『ありがとうの神様』という本で読んでいたので、娘である私が必死で「ありがとう」を言い続けていけば、奇跡的ななにかに父が見舞われるかもしれない、体が元気になるかもしれないと、そうなることを必死に願いながら、「ありがとう」を言い続けました。
※囁くような声量で言っていたので、父は私が「ありがとう」をひたすらに言っていたのを
知りません。マスクの下で言っていたりもしたので。父直接にも意識して「ありがとう」を
伝えるようにしていました。
『宇宙方程式の研究』の本には、ありがとうについてのいくつかの記述が書かれています。
体について、書かれていることには、上記で紹介した以外にも次のようなことも書かれています。
この体のおかげで、元気に歩くことができ、食べることができ、見たり話したり笑ったりできるんだ。そのおかげで生きてることが嬉しい、楽しい、幸せだ・・・・・と言っていけば、体はもっと長生きしようと応えてくれます。
ー宇宙方程式の研究(小林正観、山平松生)
不思議なもので、当初はただただ必死に「ありがとう」を言うことに一生懸命だったのが、
自然と心から「ありがとう」を言えるようになっていきました。言えるというより、そう、
まるで伝えるようになっていきました。父親に、父親の体に。体の中の細胞さん達に、父を家族を苦しめているはずの癌にまで、悪さをあまりしないでくれてありがとうねって。
※父は驚くことに癌そのものの痛みは全くなかったそうなのです。抗がん剤での辛さ苦しさはありましたが、先生に「痛みはありますか?」と症状を聞かれるたびに「痛みは不思議とないんです。今から痛いのかなぁ。。」と答えていました。そして、その痛みのなさは、有難く不思議なことに亡くなるまで続いてくれました。これも奇跡でしょうかね。有難いことです。
☆「ありがとう」を言い続けた私の結果(実体験)
結論として、私の父には、ガン細胞が消えた、という奇跡は起きませんでした。
じゃあ、「ありがとう」という言葉を言い続けたことを後悔しているのか?
後悔しているのかどうかは正直分かりません。
それでも、「ありがとう」を言い、それまで気づかないように暮らしてきた感謝や愛情や幸せを本当に心から嬉しいくらいに悲しいくらいに感じることができるようになれたことは、
良かったと思っております。
小林正観さん自身が書いているように、すべての人に病気が治るという奇跡が起きるわけではない、と自身の体験をもって実感しております。
それでも、こんな体験があったなら知りたい、と何か心を落ち着かせるような本や知人の話、動画を探しておられる方がいるなら、読んでみてほしいと思います。
少なくとも私はほんの少し、そう、ほんの少しでも心が救われましたので。
それに、それぞれが望む奇跡が何も起こらない、とは誰にも分からないのですから。
まとめ
父親が余命宣告をされてから、“病気が治る”という奇跡を願い、
病気に関する「ありがとう」の奇跡が書かれている本を探し読んだ本のうちの1冊です。
この本に出会えて良かった、と思っている本です。
父親がいて、母親がいて、家族がいる。今、同じ時間を、この世界で、同じ場所で生きて
いられるということが、どれほど有難いことで、尊くて、失くしたくないものなのかを、
思い知らされた日々でした。
そしてその時間を、大事さを、より改めて常に思わせてくれる言葉を、言葉にして教えてくださった本(著者)でした。
大好きな本であり、大好きな著者さんです。
残念ながらお会いしたことはありませんが、お会いして直接お礼が言いたかったです。
今まで承認欲求ばかり高めの自我の強い私の生き方を変えていきたいと素直に思わせてもくれました。これからどんな自分になりたいのか、どんな生き方をしていきたいのか、
そんな大きなテーマについても改めて考えなおしをさせてくれた本でもあります。
感謝します。ありがとうございます。
実際に起きた奇跡を探す、そして同じような奇跡を起こしたい、そう思うのは私としては自然なことでした。私と同じような思いをする人がいるのであれば参考にしてください。
そして少しでも今の不安や心配・恐怖のような言葉では表現できない感情が穏やかになってくれたら・・と思っております。
☆そもそも、「ありがとう」を言うと奇跡を起こすってどういうこと?
「ありがとう」の奇跡について
病気に限ったことだけではなく、「ありがとう」を言い続けることでの不思議についてこの本ではこのように書かれています。
「ありがとう」を言い続けると、また「ありがとう」と言いたくなる現象が降ってくる
“ガン細胞が消えた”という奇跡は起こらなかった。
しかし、また「ありがとう」と言いたくなる現象が降ってくる、という奇跡は、
起こりました。
→どんな奇跡がおきたのか別記事にて(リンク)
☆「ありがとう」は、口に出して言わなければいけないのか?
私は父に「ありがとう」の奇跡を起こしたくて実践していることを知られたくありませんでした。内緒にしてひそかに自分一人でしていました。
だからもちろん、「ありがとう」と口に出して、声が聞こえるように言うことはしませんでしたが、不安がありました。
声に出さなければ効果がないのではないか?
父に聞こえる声を出さなければ効果はないのではないか?
この本にはこのように書かれています。
「ありがとう」は、心の中で思うより、「口に出した」ほうが、何倍ものパワーを持つ
私は、父に気づかれないように初めのうちはマスクの中で口を動かし聞こえない声で
「ありがとう」を言っていました。
(※引っ越して一緒に暮らせるようになるまでは東京暮らし⇔実家暮らしをしていたので、
コロナ対策もあり家の中でもマスクとシールドをしておりました)
家の中でのマスクを外してからも、口を最小限の動きで声も最小限で「ありがとう」を
言っていました。
心の中で思っているだけよりはたとえ声に出していなくても波動が伝わるように、と。
そして、買い物などで一人で外出する時に声に出して「ありがとう」を言っていました。
☆「ありがとう」という言葉を心から言えない悩み☆「ありがとう」という言葉を心から言えない悩み
ですが、「ありがとう」を言い始めてすぐの頃は、「ありがとう」という言葉自体に抵抗がありました。
それまでは何の考えもなく日常的に使えていた言葉ですが、父が余命宣告をされ、
「ありがとう」だなんて感謝の気持ちを表すような言葉を口にすることに心がとても反発しているのを感じました。。
そんな私の気持ちもこの本は分かっているようにこのように書いてくれています。
「『ありがとう』と口に出してはいても、心の中では反対のことを考えることがあります。
心と言葉は裏腹で、『ありがとう』と言いながら、『ふざけるな』『嫌いだ』と否定的に考えてしまうときがあるんです。心の中がどうであれ、とりあえず『ありがとう』と言っていれば、神様は味方をしてくれるのでしょうか・・?」
心の中で思う力(=想念)よりも、「口に出した力」のほうが、はるかに大きなエネルギーを持っています。ですから、心の中で何を考えていたとしても、「ありがとう」を口に出したほうがいいと思います。
と。安心しました。
その通り、どちらかと言えば、始めて最初の頃は“怒り”に似た感情の方が大きかったですから。
分かりやすく喫茶店での例を出して説明もしてくれてます。
要は、例えば喫茶店で注文する時に、心の中ではコーヒー飲むと強く思っていても、
“紅茶をください”“紅茶をお願いします”と口に出して注文をすれば、店員が目の前に持ってくるのは紅茶だ、ということです。
「心を込めなくても大きな効果が得られる」ところが、「ありがとう」のすごいところです。
それならば、できる!
医者でもなく、医学の知識も何もない私が唯一病気に対してできること、そう思いました。
そしてこうすることは、何よりも私自身の心が不安や恐怖で壊れてしまいそうになるのをくいとめてくれていたのだと今分かります。
番外編?
ちなみに、精神的にとてもお世話になった本で、大好きな著者ではありますが、まだ、
信じられない、という部分があります。
もしかしたら、信じられないからこそ、私には私の望む奇跡を起こすことができなかったのかもしれません。
それは、この本に書かれている
末期ガンが自然治癒した人の共通点は、「ガンになってよかった」と心から感謝していた
こと
という部分です。
実際に、こんな人いるのか。
それがこの部分を読んだ時の私の率直な思いであり、今もその頃よりは強い気持ちでないにしてもやはり分かることができない部分です。
でも、実際にいるのですよね、そういう人が。
なってしまったものは仕方ない。
そう受け止めることまではできるかもしれない。でも感謝するまではできそうもない。
やはり、ならない現実の方が本人としても、家族としても、感謝できるのでは、と思ってしまいます。