死後の世界

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』読んでみた

この本を何で読みたいと思ったのか?

理由は1つです。

“臨死体験に興味があるから?”

“死後の世界に興味があるから?”

違います。

【アニータ・ムアジャーニが、どんな方法で、癌を治すことができたのか?】

それが知りたかったから。

初めに正直な感想をここで書いてしまいますが、上の問いに対しての、私自身が納得する答えは書いてありませんでした。

そう思ってしまうのは、やはり、私のこんな変えられない思いがあるからです。

【病気になる人がいるのも、病気になるのも、その病気が治るのも、原因も理由もない。

人によってじゃない、神様が気まぐれに、ただ意味なく選んだだけ。】

病気になるのに、大切な人が亡くなるのに、自分が死ぬのに、意味なんて、原因なんて、あると思うからしんどくなる。

自分のせい、誰かのせい、何かのせい、そんな風に考えてしまう。

誰も悪くない、誰のせいでもない、何も悪くない、何のせいでもない。

病気に対して思うのは、思いたいのは、ただそれだけ。

恨みたくなる気持ちも、悲しくなる気持ちも、恐れる気持ちも、もう味わいたくない。

大切な人たちに味わわせたくない。

ただ、神様でも宇宙でも目に見えない存在の気まぐれの選択のせいにしてしまいたい。

だから、臨死体験や潜在意識、スピリチュアル、引き寄せの本を読む時、いつも思う。

【誰でもいいから、一人でもいいから、病気になる人は、病気が治らない人は、神様が、宇宙様が、勝手に気まぐれに選んだだけ、と言ってほしい。学びや原因・理由があるというのは、うんざりだ。】と。

さぁ、この本では、臨死体験を体験して生還した著者は、癌が治った著者は、はたしてどんなことを語っているんだろう?

私が求めるような答えを書いてくれているだろうか?

それともまた、病気は学び的なことが書かれているのだろうか?

そんな気持ちで読み始めました。

そんな私が、今回は、『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んでの、正直な感想を書いていきます。

【病気を、癌を何故、治すことができたのか?】

【臨死体験・死後の世界と言われるものに興味がある】

【人間とはどういう存在であるのか?】

これらのことに興味がある、という方には、1つの考え方として、1つの世界として、参考になる、体験した人ならではの思いがたっぷり感じられる本だと思います。

本記事の内容

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』の基本情報

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んでの感想を一言で

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』他の本と似てるとこ・違うとこ

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んで納得したこと

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んで疑問を感じたこと

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んで悲しくなったこと

アニータ・ムアジャーニ本人が理解した彼女が癌になった理由

アニータ・ムアジャーニが病気になり、治り、向こう側の世界から戻る選択をした理由

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んで参考になったこと

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』のキーポイント

まとめ

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』の基本情報

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』の概要
著者:アニータ・ムアジャーニ 奥野節子/訳
出版社:ナチュラルスピリット
出版年月日:2016/8/24
ページ数:245p

末期癌から臨死体験を経て生還したアニータ・ムアジャーニのメッセージを読める本です。

臨死体験から目覚めて数日で癌が消えてしまった体験をした奇跡の実話の本です。

私は最近、Amazonキンドルアンリミテッドで読みました。➡

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『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んでの感想を一言で

怖れをどうしたら感じなくなるのか具体的な誰にでもわかる方法を教えて欲しかった

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』他本と似てる・違うとこ

似てるとこ

無条件の愛  自分はありのままで素晴らしい存在だと分かって  結局病気になるのは原因あり

②違うとこ

末期癌が、臨死体験後、治った

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んで納得したこと

臨死体験中この世の人達への感情に集中すると引き離される、というところ

この世に、人に、モノに、未練を残さないように、執着しないように、そういうシステムになっているのかもしれない、と思った

妙に納得してしまった

“愛する人たちへの愛着も消えていく”というところ

臨死体験したアニータ・ムアジャーニ自身の言葉だからこそ、嘘偽りない真実のように思う

残された、自分がいない世界をこの先生きていかなきゃいけない人たちを心配することがないように・・・死んだらシステム的にそうなのかも

なんだか、悲しいと思ったけれど、寂しいと思ったけれど、妙に腑に落ちた

それで、いいと思いました

直後に自分のことを、家族のことを、残される人たちのことを、心配してくれた

そんな最後の愛情を、届けてくれていたのなら、その声は聞こえなくても、その表情は見えなくても、充分だと思えました

そして、やはり、去年亡くなった父のことをどうしても思います。

きっと父は、たくさん心配してくれただろうなって目に浮かぶようにはっきりと想像できました。

アニータ・ムアジャーニの言葉が真実かは結局誰にも分からないけれど、なんだか、嬉しい気持ちになりました。安心した気持ちにもなりました。

人間は死んだ後、どのように感じるか?

亡くなった大切な人が、辛い思いをしてなければ、それでいい。それがいい。

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んで疑問を感じたこと

臨死体験中に無条件の愛を知り、臨死体験後もそれを覚えていたのに、全ての人に、犯罪者に対してさえ愛と思いやりを感じるようになったのにも関わらず、

"医者に対して仕返しという考えを持つこと"

"以前の友人たちとは心が通じないような気になってしまったこと"

"医者に対してイライラ"

は疑問を感じた。

人が感じたり考えたりすることが全て分かる気になっていても、無条件の愛を経験しても、

例えばイライラするといったような、この世では負の感情と認識されているような感情も抱くんだな、と少し驚きでした。

無条件の愛を経験し理解した彼女でさえそうなのだから、本質では経験も理解もしていない分からない私たちには、人間関係を難しく感じる時があっても仕方ないと思えた。

やはり、人間って難しいな、と。人間だから、難しいのかな、と。

人間同士がプラスの感情だけで関わるのは難しいことなんだよな、と

そして、素直に意識する前に自然に沸きあがる感情は、人間だから、仕方ないことなんだ、と楽になりました。

負の感情が沸きあがると、こんな負の感情を持ってしまう自分って・・・・と自己批判しがちになるけれど、仕方ないことなんだ、と楽になりました。

その上で、全ての存在が無条件の愛という存在だと心から信じられる時がきたらいいな、と思いました。

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んで悲しくなったこと

初めにこの文を読んだ時は嬉しく思いました

 驚いたことに、私は十年前に亡くなった父の存在に気づきました。それは、私に信じられないほどの安心感を与えてくれました。

「パパ、ここにいたの!信じられないわ」

ー『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』第7章 身体を離れて から引用

やっぱり、すでに亡くなった大切な人と、死んだ後の世界で、会うことができるんだ、と。

そして、彼女の父親の届けてくれた言葉ではないが感情のメッセージは自分事のように思えて嬉しかったです。

 「そうだよ、アニータ。おまえや家族のために、いつもここにいたんだよ」

ー『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』第7章 身体を離れて より引用

しかし、すでに亡くなった大切な人とのアニータ・ムアジャーニの関りの記憶を読んでいると、だんだん、これが真実なのかな、、、と悲しさを感じてしまいました。

悲しいと思ってしまった理由を書く前にもう一つ、嬉しいと思ったことを。

私はこう思うことがあります。

私が父を思う時、母が父を思う時、父はどちらの傍にいてくれるのだろうか?と。

その答えとなるようなことを書いてくれていました。不思議ですが、そうであったらいい。

私は、彼女がここにも、そこにも、あらゆる場所に存在するとわかったのです。彼女は、愛する人全員のために、いつも、すべての場所にいることができました。

ー『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』第7章 身体から離れて より引用

これは、アニータ・ムアジャーニの親友のことについて書かれた部分ですが、これが真実であれば納得です。

亡くなった人が大切だと思う、愛する人全員のところに、全て存在することができるのであれば、誰かが寂しい思いをしなくてすむと。

さて、悲しくなったこと、という見出しで紹介しているのにここまで嬉しかったことを書いてしまいましたが、ここから本見出し内容を書いていきます。

これらの嬉しかったことがあるからこそ悲しいと思ってしまったことです。

悲しいと思ってしまったこと、その1

まず、その世界では、言葉ではなく、感情が唯一の対話方法であった、ということ。

それは同じようで、違うことのように私には思えました。

大切な人の言葉を、大切な人の声で、大切な人の顔・表情を見ながら、聞きたいと思っているから。

悲しいと思ってしまったこと、その2

そして、次の言葉は、私を悲しい気持ちにし、同時に、良かったとも思わせました。

今、父から感じられるのは、すばらしい無条件の愛だけでした。生きていた時の父は、若いうちにお見合い結婚をさせようとするなど、いつもインド人社会の基準を私に押しつけようとしたので、私はイライラし、それに従えない自分を不適格者だと感じていました。けれど、今は、文化的制約や期待も存在せず、父が私に対して抱いているのは純粋な愛だけだったのです。

ー『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』第8章 神の愛を体験する より引用

愛しているからこそ心配していた気持ちも純粋な愛だと思うのだけれど・・・

自分に対して厳しいことを言ってくれることも純粋な愛だと思うのだけれど・・・・

私だったら、あの時は厳しいことでも愛して言ってくれてありがとう。期待に応えられなかったのはごめんね。と伝えると思いました

たとえもう心配してくれる気持ちを伝えてくれなくても、心配する感情はなくなってしまっている相手に対してでも

 現世で父が私に課していた文化的なプレッシャーはなくなっていました。それらはすべて、身体を持った存在としての外面にすぎないのです。そのどれもが、死後にはもう重要ではありませんでした。それらの価値観は、死後の世界へは持ち越されないのです。唯一残っているのは、私たちのつながりと、お互いが抱いていた無条件の愛だけでした。

ー『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』第8章 神の愛を体験する より引用

亡くなってしまった人間は、もはや以前の愛しい人間じゃない気がして悲しい

注意:語弊があるといけないので、私の読解力だとそう思ってしまいました。

嫌なとことも、ムカつくとこも、苛つくとこも、弱いとこも、情けないとこも、全部全部含めて愛しい。

全部全部あっていいんだよ。

そんなあの人が、だからこそ、好きなんだよ。

そんな愛だけの存在だなんて、そんな崇高な存在でなくていい、

私の知っているあの人が、

それこそあの人のありのままが、そのままでいいんだよ、と。

無条件の愛がさも最高のように言うけれど、違うよ、と。

愛だけの存在になることはとても幸せに満ち溢れているように思えるけど、愛だけじゃない部分もあって、それも含めて、そんなところがあっても、愛しい存在だったから

死んだ後、会えたとしても、もはや魂は同じであっても別人なのかもしれない

会えたとしても、その人は自分が作り出した妄想なのかもしれない

願わくば、本当は、その姿も、その顔も、その身体も、その性格も、その感情も、その考え方も、生きていた頃のあのままのそのままの、あの人で会いたい。

結局、今生の別れが永遠の別れなのかもしれない

死は無ではないのかもしれないけど、暖かい無なのかもしれない・・なんて思ってしまった

アニータ・ムアジャーニ本人が理解した彼女が癌になった理由

恐れ。一言で書くと。

私にはまだなんだかしっくりと理解できていませんが。

生きていれば、誰でも、恐れは抱いているものだと思うので。

それでも、病気になる人とならない人がいる。

恐れの量なのか、質なのか、明確なことが私には理解できないのです。

理解したくない、という気持ちもあるのかもしれません。

やはり大切な人を病気で亡くして、それは恐れがあったからだね、なんて受け入れられないんですよね。

ですので、そのまま彼女の言葉をのせますね。

彼女は次のように書いてくれています。

癌は、私が何か間違ったことをしたことへの罰ではなく、また、以前信じていたような、自分の行動に対するネガティブなカルマでもないと理解しました。すべての瞬間に無限の可能性が秘められていて、その時々私がいる場所は、自分の人生のあらゆる決意や選択や考えが結実したものでした。つまり、私が抱いた多くの恐れや私の持つ偉大な力が、この病気となって現れてきたのです。

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』第7章 身体を離れて より引用

アニータ・ムアジャーニが病気になり、治り、向こう側の世界から戻る選択をした理由

彼女自身が悟ったこととして、本書に次のように書かれています。

私が癌になったのも、癌が治ったのも地球のために起こったことなのだと、突然悟ったのです。もし私たちがみんな一つならば、私に起こったことは、全員に起こるはずです。そして、私のために起こることは、全宇宙のために起こります。自分が病気になり、向こう側の世界から戻る選択をした理由は、他の人たちにヒーリングを起こすための道具として働くためだと悟りました。

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』第14章 シンクロニシティに導かれて

”道具“・・・ということは、神様に選ばれた道具(人類のためにヒーリングを起こすためという目的を持った)ということなのだろうか。

その道具を選ぶ神様の基準とは、どんな条件を持っている人間なのだろうか。

選ばれたら選ばれたで責任重大任務のようで大変そうだが、その家族にとっては、そんな任務しようがしまいが、ただ病気が治るという奇跡を起こしてくれただけでいいだろう。

せっかく病気が治ったのならば、また以前の健康であった時の生活を、心だけ入れ替えて大切な人達とだけ心のままに喜びを感じながら、生きていくだけでいいと思うのに。

滅多にない体験をしたからといって、自分の役割を悟ったからといって、それを素直に実行する(もちろん彼女自身の意志であり、心からやりたいことだが)のは、大変なことだろう。

知らない多くの人たちの前に出て話し、本を出版することは、それだけ様々な多くの人の思いを受けなければならない。良い思いも批判などの思いも。

そんな行動を今もし続けてくれている著者さんがすごいと心から思います。

喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んで参考になったこと

どんな人間であってもすばらしい

ありのままの自分が素晴らしい存在、存在するだけで素晴らしい存在

自分は、人間は、誰しもが、愛の存在・・・・・・

スピリチュアルではよく言われること。スピリチュアル関連本・動画で良く見聞きすること

誰かに対してはお咎めがないことを恨めしくも思う部分もあるが、自分自身も綺麗だけで生きてきてないから、どんな自分でも、人間でもすばらしく、あの世でもお咎めがないなら安心する

存在するだけで素晴らしい存在である、という考えは、生きるのを楽にしてくれる

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』を読んで新たな視点ができたこと

今まで考えたことのない視点で書いてくれてる言葉がありました。

読むと同時に、新たな世界観を感じると共に、これまでの人生を後悔する気持ちを感じました。

新たな視点ができたといって、決して、ウキウキワクワクしたわけではありません。どちらかというと、後悔がほぼです。

でもだからこそ、今、目の前にある現実、今一緒にいてくれる人たちのことを、大切にしようと改めて思わせてくれました。

今を、これから生きてく人生を、楽しみを多く、幸せを感じることを多く、喜びを感じること多く、生きていきたいと思わせてくれました。

私たちのゴールがこれまで考えていたものとはまったく逆だとしたら・・・・・・天国や極楽とは死後の世界ではなく身体を持つ今ここに存在するものだとしたら、一体どうなるでしょうか?

ー『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』第16章 私たちは神と一体である より引用

『喜びから人生を生きる!臨死体験が教えてくれたこと』のキーポイント

いつも自分に正直になり、一番幸せを感じられる方法で生きて生きましょう。

ありのままで全ての人間がすばらしい存在だということを思い出し、自分らしさを表現し、喜びから人生を生きましょう。

※私がこの本を読んで著者が一番伝えたいだろうメッセージかな、と思ったことです。

まとめ

今回は『喜びから人生を生きる!:臨死体験が教えてくれたこと』という本を読んだ感想を書いてみました。

Amazonキンドルアンリミテッドで読むことが出来ました。期間があるかと思いますので、興味ある方はチェックしてみてくださいね

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著者さんが読者に伝えたいメッセージは、“臨死体験”“癌が治った”というパワフルな言葉により、他のスピリチュアル本よりも、より生々しく伝わる本だと思います。

“臨死体験”という体験、言葉に対して、まだ私は懐疑的に考えてしまうことがあるのですが、

「実際に癌という病気を体験した」「昏睡状態になった」という事実は、そのような体験なく書いてあるスピリチュアルの本に比べると、やはり心に訴えてくるものを感じます。

無条件の愛自分がすばらしい存在である人間は全てすばらしい存在であるワンネス・・・・

これらの言葉はよく見る言葉ではありますが、まるで示し合わせたようにスピリチュアルの本を読めば同じように伝えてくれるメッセージだから、宇宙的な存在が本を通してこの世の生きている全てに伝えようとしてくれてるのかな、、なんて最近は素直に思うようにしています。

素直に思い、受け入れ、自分に浸透させていく方が、生きるのが楽しくなりそうですしね。

冒頭でも書きましたが、私がこの本を読んだのは、

【アニータ・ムアジャーニが、どんな方法で、癌を治すことができたのか?】

が知りたかったから。

結局、分かりませんでした。

いえ、書いてあるんです。書いてくれてあるのです、実際に体験したアニータ・ムアジャーニ本人が。

書いてあるのですが、アニータ・ムアジャーニでなくても、皆そうなのではないか?と思ってしまうので、アニータ・ムアジャーニにだけその奇跡が起きた方法を知りたかったのです。

(※私の読解力がないせいなのかも。気になる方は読んでみて下さいね)

病気に対してだけでなくも生きていれば積み重なっていく恐れは誰にでもあるとも思う。

人間は誰でも愛の存在だと分かった人は、アニータ・ムアジャーニだけではない。

同じことを唱えている人たちの中にも病気になり治ることなく亡くなってしまう人がいる。

何故、アニータ・ムアジャーニだけにそういうことが起こったのか、明確な理由が私には読み取ることができませんでした。

だから結局、自分の持論に戻ってしまいます。

【誰でもいいから、一人でもいいから、病気になる人は神様が、宇宙様が、勝手に気まぐれに選んだだけ、と言ってほしい。学びや原因・理由があるというのは、うんざりだ。】

そんなことが書いてある本があれば、是非教えてください。

※この本を、著者を批判しているのではありません。

読むのが辛い部分もありましたが、「読んでよかった。著者さん、ありのままの気持ちや体験を届けてくれてありがとう」と心から思える本であり、著者さんです。

父が癌という病気になり、この著者に起きたような“癌が治る”という奇跡を願いました。

大切な人が病気になった時、奇跡を願う人はいるかと思います。

私の父には起きてくれませんでした。

だから率直な思いを書いてしまえば、著者さんのご家族の方達のことが羨ましいです。

臨死体験をしたかどうか、そのことよりも、“癌が治る”という奇跡を大切な人が体験できたことが。そして、その後、また共に人生を歩めていることが。

この本に書かれている“癌が治る”という奇跡は、病気をしている方・そのご家族にも一つの実例として希望になります。“臨死体験”という体験は、死後の世界に興味のある方・死後の世界に不安を持つ方の一つの世界になるかと思います。

去年、癌で父を亡くした私にとっては、第5章~7章は、読むのが辛かったです。

アニータ・ムアジャーニのことを思いながら辛いというより、当時の自分の気持ちを思い出して、父の家族の気持ちを想像してしまって、、、、

こんなことを思っていたのかな

こんなことを思わせていたのかな

こんなことを思ってくれていたのかな

そんな想像をしてしまいながら、読んでいました。

私はこの本を2023年7月に読み始めましたが、あの当時は読めなかったと思います。

やはり癌を体験している方の、そのままの体験や気持ちの言葉、というのは心にストレートに届き、読んでいて苦しくなってしまいます。

ありのままの、正直な気持ちを言葉にして伝えてくれた著者さん、ありがとうございます。

私は家族側の立場でしたので、本人側のありのままの気持ちを、父とは違うとしても知れたことは、良かったです。

アニータ・ムアジャーニさんの他の本も読んでみようと思います。

-死後の世界